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第0章 暗殺貴族・メイザース家
メイザース家(ギル&ジル)
しおりを挟むメイザース家。
それは国内でもトップクラスに入る有名な貴族のうちのひとつで、長く続いてる由緒正しき家系。
そんなメイザース家には大きな秘密がある。
それは代々、治安維持のために暗殺を行ってきた貴族だという事。
私はそんなメイザース家に使用人として仕え、裏のお仕事のお手伝いをしている。(と言っても着替えを用意したり、汚れた衣服を処分したりぐらいなのだが)
暗殺をしている一家に仕えるなんて怖いんじゃなかって思われそうだけど、実際はそうではなく、みなさん(ちょっとクセはあるけど)素敵な方たちばかりなのだー…
「よし……! この部屋で最後っと」
私は今日の担当分の最後の掃除区域である客間に入り腕まくりをした。
メイザース家の本家はとても広く、1人1人手分けして掃除しないと、とても終わらない。
まずは部屋全体にハタキをかけて窓を拭く。手が届かない場所は持ってきた踏み台に乗って拭くのだが、一番上の方は背伸びをしないと届かない。
「ん……よいしょ、と」
私は軽く踵をあげて、窓の上の方に手を伸ばした。と、その時ー…
「リラちゃんっ!」
「リラちゃん!」
「わっ……!」
突如自分の真後ろから揃った声が耳に飛び込み、驚いた私は踏み台からバランスを崩し、 足を踏み外してしまった。
次に来る強い衝撃を覚悟したが、私の背中は堅い地面に当たる事なく柔らかなものに包まれた。
「リラちゃん危ないところだったね」
「大丈夫?」
そう言って私の顔を覗き込む4つのエメラルドグリーンの瞳。
どこか楽しそうにその瞳を輝かせ、短めの髪の毛を揺らす同じ顔の2人に私は小さくため息をついた。
「ギル様ジル様でしたか……」
私を受け止めてくれたのはメイザース家の次男と三男で双子のギル様とジル様。
双子と言う事もあり、いつも2人一緒に行動している事が多く、裏のお仕事の時もお揃いの鉤爪を使い2人で仕事をこなしている。
お客様がいる場や、社交場だととても紳士的なのだが、身内だけの場や慣れた人の前だと悪戯癖が出てしまうらしい。
「ちょっとため息つかないでよ~」
「俺らがいなかったら地面に激突してたよ?」
私のため息にジル様とギル様が不満の声をあげる。
「あ、ありがとうございます。でも今度お声をかけてくださる時はもっと心臓に優しい方法でお願いします」
「ごめんね。別に脅かすつもりはなかったんだよ」
私を地面に下ろしながらギル様がそう言うとジル様もうんうん、と頷く。
「……その割にはお声をかけてくださるまで気配完全に消していたじゃないですか」
「それは職業病ってやつだよね。ね、ギル?」
「そうそう。まぁ、怪我しなくて良かったって事で」
そう言って無邪気に笑うギル様とジル様を見ていると、不思議と責める気もなくし、仕方ないなぁとだけ思ってしまう。
「……あれ? そういえばギル様もジル様もまだ家庭教師の先生がいらっしゃってるのでは……?」
私がそう言うと明らかにギクリとする2人。
「……! もしかしてサボってー」
「いや、だってさ。俺らあの先生苦手なんだって!」
私の言葉にすぐさまギル様が言い訳の言葉を被せてきた。それに続いてジル様も必死に私に訴えかける。
「詩の朗読なんてしたくないし、ましてや俺らに詩を書けって言ってくるんだよ!?」
「なんか、内なる自己の世界を解き放つのですよ~、とか訳わかんない事言うし」
「あいつ完全にイっちゃってるよね」
「それに男のくせにスキンシップが多くて気持ち悪いしさ……」
「ギル様ジル様。一応偉い先生なのですから……」
2人の止まらない愚痴をなだめていると急に2人とも黙り込み、何かの気配を察知したのか聞き耳を立てた。
「……? あのどうかー」
何事かとジル様に話しかけたところ急に口を塞がれ、私はそのまま床に押し倒されてしまった。
「んん!?」
「シッ! 静かにして」
ジル様の言葉通りその体制のまま黙っていると、ギィと扉が開く音が聞こえた。
足音が扉から少し入る。
「……ここにもいませんね」
声からしてどうやら例の先生のようで、ちょうど私達はソファーに隠れて彼の視界に入ってないようだった。
「あぁ…私の可愛らしい生徒はどこにいったのやら……」
先生の言葉に反応してギル様とジル様の顔が引きつる。
「あぁ…なんと嘆かわしい……。神よ…どうしたら私の言葉は迷い子に届くのでしょうか……」
何となくだけどお2人がこの先生を嫌がるのがわかった気がする。
先生は小さく溜め息をつくと扉をバタンと閉めて他の場所へと行ってしまった。
「……はぁ、やっと行った」
「ね? どんだけヤバイ先生かわかったでしょ?」
「いや…それはわかりますけど……」
「……けど?」
私の火照った頬に気付いたようで、ジル様は私を押し倒した体制のまま、ズイッとわざとらしく顔を近づけた。
子供っぽい悪戯をしている時とは違う、男としての色香を少し帯びた視線に耐えきれない。
「あのっ早めに退いて頂けるとあるがたいのですがっ……!」
「う~ん。どうしよっかなぁ」
「ははっ…リラちゃんって無防備だよね~」
ジル様だけじゃなくギル様も上から私の顔を覗き込むとニヤリと笑った。
「無防備というか…お2人にはどんな防備しても意味がないじゃないですか」
「ははっ……確かに。力も立場も俺らのが上だからね」
「ジル。立場はなんか嫌味っぽくない?」
「そう? リラちゃん別に嫌味じゃないからね」
「わかってますっ…! わかってますから退いて下さいっ!」
言ってもなかなか退いてくれず、私は何とか逃れようと体を起こしたり、捻ったりしてみた。
が、2人の力にかなうはずがなく…
「そう言えばさ、リラちゃん男知らないんでしょ?」
「えっ……」
「それ本当? 何でギルそんな事知ってるの?」
「いや、この前の仕事リラちゃんと同じグループだったでしょ?」
「その時にちょっとね~」
そう言ってニヤニヤ笑うギル様。
「ギルってばズルい」
「あの時はクジで決めたんだから恨みっこなしって言っただろ」
「そうだけどさぁ…。…ま、いいか。それよりリラちゃん」
ジル様とギル様の視線が同時に落とされ、私はびくりと肩を揺らした。
「な、何ですか」
「知らないなら」
「俺らが」
お し え る よ。とハモった声。
私は首をブンブンと横に振り、必死に断った。が、そんなこと構わず、ギル様とジル様はジリジリと距離を詰めてくる。
整った顔にこんな至近距離で見られ、さらに私の体温は上昇する。ギル様もジル様もそんな私を面白がっているのはわかっているのだが、これは反応しない方が難しいと思う。
「けっ結構ですからっ…!」
「ちょっ……悪戯にしては刺激が強過ぎますっ…!!」
「そんな遠慮せずに~」
「遠慮なんてしてませんっ!!」
「俺らに全て任せればいいからさ~」
「何をですかっ!」
私達がそんな風にワーキャー騒いでいると、バンと扉が勢い良く開いた。
今度は気配を察知出来なかったのかギル様とジル様もびくりと体を揺らす。
2人は私に近づけていた顔を上げ、扉の方をソファの陰からそっと覗き込んだ。そして扉を開いた人物を確認すると安堵のため息を漏らした。
「なんだシルキーか」
「びっくりした~」
「先生ー。2人ともここにいるよー」
「なっ……!」
「げっ……!」
突然の裏切りにギル様とジル様は慌てて立ち上がりすぐに逃げようとしたが、時既遅し。 陽気な先生の声が部屋に響いた。
「ギル坊ちゃんジル坊ちゃん! やっと見つけました~」
「うわ……」
「リラちゃん。ややこしい事になるからこのまま伏せてて」
ジル様はボソリとそう呟き、先生がこちらに来ないようにギル様と共にソファーから離れた。
「お2人共どうして先生を困らせるのですか…? 何か悩みがあるなら私に遠慮なく仰って下さればいいのに」
「え…いや、悩みはな―」
「ギル坊ちゃんやジル坊ちゃんぐらいの思春期の年齢ならば悩みあって当たり前…。そう、かつて私もそんな時期がありました…」
「あの…だから悩みはな―」
「でも大丈夫! 私はそんな時に詩に出会い救われたのです!!」
「話聞いちゃいねー」
1人の世界に浸る先生にジルが呆れたようにそう言ったが、もちろん先生の耳にその言葉は届かない。
「さぁっ! お二人共今からその悶々とした気持ちを詩にして発散させましょう!」
「えっ意味がわからな―」
「ちょっ待っ―」
「さぁさぁ行きますよ~」
「ちょっと! 手繋がなくても歩けるってば!」
「また逃げ出すでしょう?部屋に着くまでは・な・し・ま・せ・ん」
「部屋まで!? それキツいって!」
ギル様とジル様の悲鳴にも似た声が段々小さくなっていき、バタンと扉が閉まる音が部屋に響いた。
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