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勇者の事情編

勇者の事情 野宿

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「うわぁ……」

 思わず声に出してしまった俺は悪くないと思う。
 というのも、次の目的地である町に行こうとすれば、「もし、隣町まで徒歩で行くつもりなら、野宿は覚悟しておいた方がいい」と教えられた。
 それぐらいなら、まだ良かったのだろう――いや、約一名は文句を言いたそうにしていた――が、町の人がそう言った意味を本当の意味で知ることとなった。

「考えが甘かったですね。道なりに進めばいいと思っていましたが、まさか山を越えることになるとは」

 アイリスがそう言いたくなるのも無理はなく、地図上では普通に街道ルートと山越えルートが記されているのだが、実際はどうだ。山越えルートを少しでも通らないと隣町には行けないという状況。

「夜は魔物が出やすいと聞いた。なるべく出来る限り、安全と言える場所まで移動し、対策を取らないと」

 リリアナの言い分も尤もで、どれだけの距離があるのかは不明だが、なるべく急いでセーフティーゾーンまで向かわなくてはならない。

「ヴィドルもそれでいいか?」

 一応、聞いては見るが、野宿が決定事項だということに対して、不機嫌さを隠そうとしないヴィドルに、頭が痛くなってくる。

「好きにしろ。どうせ俺には決定権は無いんだろ?」

 ふん、とヴィドルはそっぽを向く。
 正直「子供か」とツッコミたくはなったが、そうするとまた面倒くさそうなので、明言はせずにぼやかしておく。
 たとえヴィドルがそれを肯定の意として受け取ったのだとしても、俺にはこうやって誤魔化すことしか出来ない。これ以上、このパーティの空気が悪くなるのだけは防ぎたかったから。

「それでは、時間も無限ではないので、先を進みましょう」

 そんなアイリスの一言で、俺たちは山越えを開始することとなったのである。

   ☆★☆   

 どれぐらい登り、どれぐらい進んだのだろうか。

「今日はこの辺りで休みましょうか」

 少し開けた場所があったので、今日はここで休むこととなった。
 もし、魔物なり山賊なり襲ってきたとしても、これぐらいの広さがあれば迎撃できそうだ。
 食べ物は、ここまで温存してあった保存食だけではなく、果物や木の実を調達して食べた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 保存食なので、美味しいかどうかを問われれば疑問ではあるが、困ったときに食べるにはいいとは思えるほど――つまり、無いよりはマシ――のものではあった。
 狩りをすることも考えたし、案も出たが、血抜きとかを考えると大変な上に、またヴィドルに文句を言われると面倒だからである。

 そして、夕飯を終えれば、俺、アイリス、リリアナの三人で交代しながら火の番をする。
 ……ヴィドル? 一応、起こしはしてみたけど、起きそうになかったので放置だ。無理に起こして、八つ当たりされても困る。まあ、さすがに敵襲があったら、問答無用で起こすが。

「そういえば、二人に聞きたいんだが」
「何ですか?」

 ヴィドルが起きている間に聞けないことを聞こうと、リリアナと交代するタイミングで聞いてみる。

「ヴィドル、この野宿で文句言わなくなると思うか?」

 さすがに、旅してる間に王子や殿下とは呼べないので、メンバー内でのヴィドル呼びには慣れたが、その扱いだけは変わっていない状況でもあるので、当初から彼の態度を不満に思っていたっぽい二人に聞いてみる。

「どうなんでしょう……?」
「少しは落ち着いたら、良い方。でも、町に着くと、反動で高い宿に向かいかねない」
「……否定できないのが、悲しいな」

 一応、それぞれで小遣いはあるが、一行としての財布は女性陣が握っているので、そこまで高い宿に泊まることもなければ、泊まらずに済んでいるのだが、ヴィドルが勝手に突入した場合は、覚悟しないといけない。

「とりあえず、その事も頭の片隅にでも入れておこう」
「そうですね……」
「どうか、高級宿に泊まることになりませんように」

 そんなリリアナの願いを聞きつつ、俺たちの夜は更けていった。
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