悪徳領主の息子に転生したから家を出る。泥船からは逃げるんだよォ!

葩垣佐久穂

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脈動

はじめての休暇

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 数日間の狩りの結果、銀貨一枚100,000デナ相当を得た。クレイジーボアの報酬と合わせれば銀貨四枚分になる。嚙みつき兎とフライングチキンは数匹狩れれば庶民の所得約一日分になる程度の比較的安価な魔物だが、如何せんヴィクターは数が多かった。石弾による効率的な討伐に、身体強化にものを言わせた運搬で、一回の狩りで二、三十匹ほどを得ていた。

 いつものように狩りの前にギルドへと顔を出すと、受付の職員はまたグスタフの元へと案内した。もう座りなれてしまったソファに腰かけヴィクターはグスタフに話しかける。

「なんだかいつもこの部屋に通される気がしますね」

「お前さんがあまりにも非常識なもんでな、そりゃ対応も非常識になるってもんよ」

「その何かありました?」

「大ありだ。お前さんがここ数日で持ってきた嚙みつき兎とフライングチキン。合わせると百匹を超える。これにいつも依頼で持ってくる奴が加わるとなると、さすがに量が多すぎるんだよ」

(なんにも考えずに納品してたけどそうか、街の規模以上に供給が増えると価格が暴落しかねないな)

 ヴィクターのハッとしたような表情を見てからグスタフは続ける。

「気づいたようだが、そういうこった。あんまりにも多いと買取価格は下がってギルド所属の奴らは困るわ、捌けなきゃ腐るわで大変なんだ」

「すいません」

「そんなに気にするこたぁねえ。悪意があったならまだしもそういうわけでもねえだろ。というわけでだ。確か見習いの坊主との約束も数日後だっただろ。それまで街でゆっくりするか修練でもするんだな。働きすぎの取引商会に休息を進めるのもギルド長の務めだ」

「ありがとうございます」

 ギルドを出たヴィクターは剣の様子を見せるためにウォレスの店へと向かった。店主が個性的なせいなのか、通りに面している割に人気がない店内に入る。

「ウォレスさん。ヴィクターです。約束通り剣の様子を見せに来ました」

 じっと下を向いて作業していたウォレスはヴィクターの声を聞き、早足で寄ってきた。

「おお。どうだ。酔っ払い剣は」

「えぇ。そんなダサい名前なんですかこれ?」

「もちろんだ、俺の中では酔った失敗の黒歴史としてその名前を残すんだよ。そんな話はいい。早く感想を言え」

 数秒待たせるだけで掴みかかってきそうな気迫に押され、ヴィクターは使用感を述べる。

「はっきり言って。悪くないです。特殊魔法一回分の魔力を込めれば普通の剣ほどの鋭さになって、一般魔法ぐらいの魔力を込めれば名剣クラスの鋭さと威力になったんです。重さはそのままで」

「そうか。我ながらすごいもんを作ったな。作り方が分かれば名工になれたんだがなぁ。世の中そううまくいかんもんだ」

 ウォレスは手を差し出す。ヴィクターが意図をつかめず頭にはてなを浮かべているとウォレスはしびれを切らしヴィクターの腰に下げられている酔っ払い剣を奪い取る。

「早く見せろ。目で見て手で触って心で愛してやらないといけないだろ」

 ヴィクターは返答に困った。多少変な人間は前世も合わせれば多く出会ってきていたが、ここまでの変態に遭遇したことはなかったからだ。だが幸か不幸か返答は不要なようだった。

 ウォレスは舐めまわすように剣を凝視し、恍惚の表情を浮かべ軽く一振りすることに夢中になっていた。

 しばらくそれを楽しんだウォレスは、次第に自身が生み出したものの真価に気づき興奮しながらも、使い手に告げるべきか迷っていた。商売人としては製法が明らかになるまで、たとえ使い手であろうと秘匿して商売敵にわたらないようにするべきである。しかしウォレスは店を持つ一人の商売人である前に職人であった。自分の作ったものを使う人間に不誠実なことをするなどという考えは浮かんだ瞬間に消した。

「その剣だがな。渡した時よりもはるかに良いものになっている」

「それはどういうことですか?」

「魔力を通せば通すだけ成長してるってことだ。確実なことは言えんが、多分込めた魔力の一部を食らってるんだろう。聞きたいことはあるだろうが、答えられんぞ。俺もさっぱりわからんからな。もはや剣なのかすら自信がねぇ」

 二人してしばらく呆然とし、先に回復したヴィクターは固まったまま動かないウォレスの店を後にした。

 次にヴィクターが向かったのは通りの北側、アムガルト子爵屋敷寄りに位置する本屋であった。前世ではよく本を読んでいたこともあって、ベルネット家を出てから満足に読めていないことは苦痛の一つとなっていた。旅の荷物になることは承知で見るだけでもという気持ちでヴィクターは本屋を目指す。

 やはり印刷技術が未熟であるこの世界で本は高級品のようで、ヴィクターが訪れた街唯一の本屋は入り口に鎧を纏った私兵が二人入り口を守っていた。

(貴族の屋敷以上かよ。ベルネット家でも何もないときはここまでしてなかったぞ)

 そんな高級な本と縁がなさそうな少年が近づいてくることに気づいた私兵はヴィクターに圧力をかける。

「ここは、遊びで来るところじゃない。早く帰りなさい」

 客としてきたヴィクターも引き下がるわけがなく言い返す。

「本を買いに来たんだ。入れてもらえない?」

 二人の私兵は顔を見合わせて笑う。貴族や大商家の使いならまだしも、そうは見えない子供が本を買いに来る、買うだけの金を持っているなんてありえないと思っていた。

「いくらぐらいなのか知らないけど、銀貨ぐらいならあるよ」

 ヴィクターが言ったそれはここでの買い物に十分な金額であったので、私兵は大いに驚いた後、自らの仕事を全うするためにヴィクターを店内に通した。

 苦労して入った割に本屋はヴィクターの想像をはるかに下回っていた。並びは雑多で法則性はなく、品ぞろえも駅ナカの小さな本屋以下といった具合だったからだ。

(ないものをねだっても仕方ない。面白いものがないか探し回ってみるか)

『スヴェト大陸略地図』
『ライゼンダーの手記』
『エンデ大山脈の記録』
『大災害の遺構』
『愛しの侯爵』
『スヴェト・ヴラドニア王国史』
『王国法』
『王都グルメマップ』
『栄光帝国戦記』

 規模こそ現代に及ばないものの、大金を取るだけあってクオリティは期待できそうなものが多い。ジャンルもそれなりに豊富であり、ヴィクターを少し満足させた。ヴィクターが大金をはたいて購入したのは、ヴラドニア王国を旅した人の手記である『ライゼンダーの手記』、そして主要な法律を列挙した『王国法』の二冊だ。

 上等な服を着た男のところへ持っていき、銀貨一枚を促されるままにカウンターへと置いた。男はあまりにも若い客が二冊も買うことに驚きを感じたが、表の私兵たちと違い、顔に出すことはなかった。大事そうに本を抱えヴィクターは本屋を出た。

「ふぅ」

 ここ数日で膨らんだ財布をガリガリに痩せさせて、ヴィクターの休日は終わっていく。
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