甘い毒の寵愛

柚杏

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 ハリス公が毒を盛っている黒幕ならシアンは邪魔な存在でしかない。
「……ノア王子も、その文献を読んだと言っていました。それでオレを探し出したと」
 一か八かの賭けだ。これでハリス公がどう出てくるか。
「ノア王子は幼い頃からロマンティストだったから、初代国王に憧れたのだろうね」
「どういう意味ですか?」
 おかしそうに、どこか懐かしそうにハリス公は微笑む。
「赤い髪の人間を娶れば自分も初代国王みたいになれると思っているのかもしれない。立派に育ったと思ったけれど、まだまだ子供だなぁ」
 薬草の手入れをしながら、フフと声を出したハリス公。
 遠回しに、王子はシアンに惚れているのではなく憧れを形にしただけだと言っていた。
 おまえなんかには王族の長い歴史に勝てはしないのだと。
 そんなことは最初からわかっている。けれど他の人に言われると傷付く。
「ハリス公」
「はい、なにでしょう?」
「王子の食事に毎回毒が盛られているのは知っていますか?」
 薬草を手入れする手を止めてハリス公はゆっくりとこちらを向いた。その顔はもう笑っていなかった。
「王子の食事に? それは本当ですか? 誰がそんなことを?」
「王子本人です。だから王子はオレを探し出した。――毒の治療のために」
 心臓がバクバクとうるさい。
 少し離れたところにハリス公の従者が控えてはいるけれど、味方ではない。今ここでシアンになにかあっても誰も助けてくれない。
「赤い髪の一族に毒の無効化の力があるとは書いてあったが……まさかそれを信じて探し出したと? 本当に君にその力が?」
 冷たい声だった。
 気味の悪い、闇を背負ったような。
「では……君にこれを飲ませても、平気だと?」
 ポケットから出した小さな小瓶にはいかにも毒の色をした液体が入っていた。
「これは?」
「たった一口で、一瞬で死ねる毒です」
「なんでそんな物持ってるんです? 物騒ですね」
 そんな毒を盛られたら隣にいても治療が間に合うかどうか。
 その毒を王子に使われたくない。
「薬草を煎じるうちに毒も作れるようになったんです。もしこれを飲んでも君が平気なら、その力が本物だと信じましょう」
「別に信じなくてもいいですよ。王子が信じてくれてますんで」
 毒の入った食事を食べても平気だったから自分の身体の中に毒を取り込んでも中和されるのはわかっている。しかし一口で死ぬ毒を飲むのはリスクが高すぎる。
「では、その王子の食事に入れたら?」
 思わずシアンはハリス公を睨んだ。この人ならやりかねない。そう感じてハリス公の手から強引に小瓶を奪った。
「飲んでもいいですよ。でも代わりに答えてくれませんか?」
「飲んで、平気だったらいいですよ」
 小瓶の蓋を取って中身を覗いた。お世辞にも美味しそうとは思えない。
「王族を唆して毒を盛らせたのは貴方ですか? 第二王子もそうやって毒を盛っていたんですか? その時は上手くいったみたいですけど、ノア王子は絶対にそうさせませんから」
 キッと睨み付けると、冷酷な目がシアンを鋭く射貫いた。
 ビクリとしたが負けるわけにはいかなかった。
「どうぞ、飲んでください」
 手が震えて小瓶の中の液体が揺れる。
 ふぅ、と息を吐いてシアンはその毒を飲み干した。
「まずっ」
 一瞬で死ぬならもう効果が出ているはず。けれどシアンの体質はそれを無効にする。もしかしたら時間差で効いてくるかもしれない。
 怖い。今まで生きてきてこんなに怖いのは初めてだ。
 この体質で王子を助けてこられたことを誇りに思う。これで死んでしまっても後悔はしない。
「さぁ、答えてください。貴方が毒を盛らせていたんですか?」
 ハリス公は大きく目を見開いた。
 毒が効いていないのを見て驚いている。
「……本当に、効かないのか……」
「だから……そう言ってるでしょ……」
 効かないはず。だけど身体が、胃の中が酷く熱い。今にも吐いてしまいそうなくらい気持ち悪い。毒の中和が間に合っていないのかもしれない。
「……毒を盛らせていたのは……」
 目が回る。立っていられない。呼吸が苦しくなってきた。
(オレ、このまま死ぬのかな……)
 しかし、それでも構わない。もう王子に盛られていた毒は減って、食事の場も崩壊している。王子は自室で毒の盛られていない美味しい食事を口にできる。
「そう、私が毒を盛らせていた。第二王子もそうだ。とても残念だ。継承権を放棄すれば命まではとるつもりはなかったのに」
 やはりハリス公が――。
 これを王子に伝えなければ。
 だけど――目の前が暗くなってきた。何も見えない。今、自分が立っているのか座っているのか。それとも倒れているのかもわからない。
(王子に……つたえなきゃ……)
 シアンの意識はそこで途絶えた。




 どのくらい眠っていたのか、目が覚めるとそこは暗い地下のようだった。
 カビ臭い匂いが鼻につく。微かに蝋燭の灯が揺れている。
 冷たい石の床の上で寝ていたらしく、身体中が冷たく、どこからか水が漏れているのか服も髪も少し濡れていた。
 起き上がろうとして、両手両足に鎖の手錠を掛けられているのに気が付いた。
 気を失ってハリス公に捕まってしまったのだ。なんて間抜けなのだろうと唇を噛んだ。
「気が付きましたか?」
 暗い中にハリス公の声が響いた。よく目をこらして見てみると壁にもたれて腕を組むハリス公の姿があった。
「さすがにあの毒を飲んで平気ではいられなかったみたいだね」
「……あんな不味い毒、二度と飲みたくないね」
 王子を守れるならこの命を投げ出しても構わないと覚悟していたけれど、ハリス公の所業を王子に伝えるまでは絶対に死ねない。
 この身体はどうやらどんなに強い毒でも死ぬことはない。王子を治療することもできて、自分にも効力がないのなら毒に対しては無敵だ。
「それで、オレをどうするつもり? 殺す?」
「そうだねぇ……」
 足音をさせて近付いてきたハリス公が目の前までやってきた。なんとか起き上がって立ち膝でハリス公を下から見上げると、グッと赤い髪を掴まれた。
 強引に髪を引っ張られ、その痛みにシアンは顔を歪ませた。
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