甘い毒の寵愛

柚杏

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 シアンはその後、熱を出して三日寝込んだ。
 その間に王宮はいろいろと変わっていた。
 国王の第四、第五王子の母親であり側室として召し上げられていた二人が真実を告白したことではハリス公は幽閉。全ての証拠が整い次第、裁判が執り行われ今後のことが決まる。
 ハリス公の子供たち二人はまだ幼くなんの罪もないため、王位継承権を剥奪されたものの王宮にてこの先も変わらぬ暮らしが保証された。
 側室たちは王族が管理している僻地の小城へと別々に送られることになった。それでは可哀想だと王妃が嘆願し、彼女らの子供たちも一緒に小城への移動が決まった。
 仲違いをしていた王と王妃は和解し、やる気をなくしていた王はまだまだ退位はしないと宣言。それに伴い王族たちのこれまでの好き勝手な暮らしを見直し、ハリス公に唆された王族たちは王宮の外の別宅で暮らすことになった。
 一方、奴隷制度は何も変わらないまま。
 奴隷制度は長く国に染みついた制度のため、一日や二日でどうにかなる問題ではなく、次の王の時代にまで持ち越すことになるだろうとセシルから教えてもらいシアンも納得した。
 すっかり元気になった頃、バラバラに切られた髪を侍女が切りそろえてくれた。侍女は何度も髪を切られたことに腹を立ててシアンよりも哀しみ、「髪は女の命なのに」と文句を言った。代わりに怒ってくれたことでシアンの気持ちはかなり救われた。
 王子は毎日、時間があるたびにシアンを見舞った。
 短くなった赤い髪を何度も惜しそうに撫でて、一緒に食事を摂った。
 毒の入っていない食事を食べるのは久々だと王子は嬉しそうだった。
 毒の治療のための口付けをすることはなくなり、隣で一緒に眠ることもなくなった。
 身体が全快するまでは気を遣ってくれているのだろうと思っていたが、全快したあとも王子はシアンの部屋で寝ることはなかった。
 もう自分の役目は終わったのだと、窓際に座って外を眺めながら思った。
 毒を治療する必要はない。
 男娼のフリをすることも。必要だからと抱かれることも。
 これから先の自分の身の振り方を一人の時間、ずっと考えていた。朝も昼も、眠れない真夜中も。
 星も月もない真夜中、窓際で眠れぬまま過ごす。
 短い時間だったけれど幸せな時間だった。
 初めて人の肌の温もりを知った。髪を褒められた。未知の快楽を覚えた。
 もう忘れることはできないと思い知った。
 恋しくて、どうしようもない夜があることを知り、胸が押し潰される痛みを知った。
 なにもかも、奴隷でいた頃とは違う。
 それでももうこの部屋に王子は来ない。
 王子の来ない夜はとても長い。静かな夜に王子の熱を思い出して哀しくなる。
 火照りを感じて身体を冷ますために部屋を抜け出し、庭園へ向かった。
 以前そこに足を踏み入れた時はゆっくり見て回ることができなかった。
 月明かりもなく、暗い庭園はたまに吹く風が花々を揺らす音だけしか聞こえない。
(明日、ここを出よう)
 日が昇って明るくなったら誰にも見つからないようにそっと。
 行く当てはない。元いた田舎町に戻っても、また主人が雇ってくれるかもわからない。
 ここに残って下働きでもできればと思っていたけれど、王子の近くにいるとつい期待してしまう。
 治療も何も関係なく、その唇に口付けできる日がもしかして来るのではないかと。
 妻に娶るといった言葉をつい信じ続けてしまうから。
 ここから去ろう。王子が王になるのを見たかったけれど、それはまだしばらくかかりそうだから、どこか遠くで即位したことを耳にしたら会いに来よう。
 その時は遠目で見るだけになるだろうけれど、一目見ることができたならいい。
 最初から遠い人だったのだ。これで元に戻る。
 暗闇に目が慣れてくるとあちらこちらに花が咲いているのが見えるようになった。
 白い花、紫の花、赤い花。色とりどりの花が誰も見られることのない夜にも健気に咲いている。
 この庭園の花になれたらいいのに。
 命の限り咲き誇り、枯れたあとは土に還る。そしてまた芽吹き花を咲かせる。
 そうやって永遠にここで咲き続け、何も語らず何も悲しまず、ただ巡る季節とともに。
(――貴方を見つめ続けるのに)
 寒くなってきて部屋に戻ることにした。
 髪と同じ色の赤い花を一本、手折って。
 王子の瞳と同じ紺碧色の一輪挿しにそれを活ける。
 この部屋にある物は全てセシルと侍女たちが選んだものばかり。物の価値はよくわからないけれど、この一輪挿しをシアンは気に入っていた。
 水を入れると紺碧色が揺らめいてとても美しい。
 まるで王子の瞳が涙に濡れているように見えるから。
 赤い花を活けた一輪挿しを窓際に置いた。
 誰に気付かれなくてもそこに確かに存在していた証しを残したくて。
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