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第4章 その男、危険につき
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傷付けないという選択肢は一瞬にして除外された。というのも、若い男の方から私に襲いかかってきたからである。しっかりとした足取りで一気に私に近付き、右手に握る刃物で顔面を切りつけようと振り上げる。薬物でおかしくなっているわけではないのだと確信しながらその右腕を下から強く殴ってやる。衝撃で刃物は手放され、うめき声と同時に右腕をかばうようにして男は私から即座に離れた。恐らく今の一撃でカルシウムの塊はあっけなく折れたはずだ。あれが利き手なら、痛みでまともに動かすこともできないだろう。このまま大人しくなるか、逃げ出そうものなら次は脚をやるしかない。
結果は後者だった。シニガミを前にして反撃され、怖気づいた男はそのまま背を向けてこの場から逃走しようとした。だが、私はそれを許さない。追いかける気はなく、補助武器を取り出して右足めがけて迷わず発砲した。右のふくらはぎに小さな穴が開くと同時に男はうつ伏せに転倒する。さぞや骨折部位に激痛が走ったことだろう。
「保護しろ! 早く医務室へ運べ!」
実験施設の責任者は慌てたように大声を出す。保護だって? 言葉の選択がおかしいだろう。
「おい、シニガミ」吐き捨てるように話しかけてくる。「やりすぎだ。死んだらどう責任を取るつもりだ? 全く、これだからシニガミは危険なんだ。これを野放しにしているブラッドリーの頭はイかれてるぞ」
舌打ちをされ、銃を下した数人と負傷した男、微動だにしない研究員を担架に乗せて波嵐のように去って行く。私はただ苛立って仕方がなかった。捕らえろと命令したのはお前で、部下に銃を向けさせていたにも関わらず発砲すれば叱責を受けるとは何事か。実験施設の人間は思考回路がおかしいと前々から言われていたが、そう噂されるのはこれが理由だったか。
「オースティン!」
見慣れた顔が呆然と立ち尽くす私の元に駆けてきた。イーヴィルとクライシスは状況が把握できずに戸惑った様子だった。私の右手が握る補助武器を見て、只事ではないことを察していた。
「撃ったな?」
「ああ」イーヴィルの問いに頷く。
「俺達は元々、対金属生命体用のサイボーグであり、人間に対して攻撃することは危険極まりない。搭載された武器も、例え補助武器であっても人に向けるべきではなかった。それは理解しているな?」
「もちろん」
「では何故、危険と知りながらもこういった事態になったのか、詳しく説明してくれ」
そう求められたため、私は補助武器を元の場所に収納し、淡々と、まるで他人事のように語り出す。
「ブザーの音は聞いたか? 出動時のものではないと私はとっさに判断した。そこで悲鳴が聞こえた。私はその方向へ駆けつけたが、一人の研究員が若い男に刺されて倒れている光景がそこにはあった。生きていたとしても失血死するだろう。そこで実験施設の責任者と武装集団のお出ましだ。名前は確か……」
「コーマックだ」クライシスが口を挟む。「あの施設長は異常だって有名だぜ」
「そうだったな。それで彼は居合わせた私に研究員を襲った男を捕らえろと命令した。四の五の言えずに私はそうしなければならなかったのだが、男には私に対して攻撃意思があった。私はどうにか傷付けず事を収めることはできないかと考えていたが、男の抵抗によって不可能となる。仕方なく私は凶器を持つ腕を骨折させ、逃走を図ったところで右脚に発砲したというわけだ」
「発砲の理由は? 押し倒すこともできただろうに」
イーヴィルの指摘は鋭かった。
「わかっているはずだ。私達のパワーは人間の何百倍も強く、力の加減によっては簡単に人間を撲殺できる。人間に対する加減が難しいし、下手に体当たりでもしてみろ、脊髄や頸椎を損傷させたり、勢い余って頭部を床に打ち付けた際は脳出血で済むかどうか……」
「確かに」同意するクライシス。「誰だか忘れたが、言い争った研究員が拳銃を使ったとかで激昂したシニガミに頭部を潰されたって話があったな」
「ハンニバルだろう」イーヴィルは目を細める。「奴は手術を受けることによって更に人格が歪んだものになったからな。ちなみに奴が殺めた研究者は四人だ」
「そうだったか? まあいい、話を戻そう。若い男は撃たれた後に保護されてコーマックらが連行していった。私は発砲したことについて叱られ、その苛立ちをどこにぶつければいいのかわからず突っ立っていた、というわけだ」
「つまり、その若い男は実験施設で監視されている人間か……」イーヴィルは憶測を続ける。「あのブザー音は初めて聞いたものだったが、これが最初の脱走なのか、それとも俺達の知らないところで何度も脱走を行っていたか……予測したところで無駄だろうが、今後また同じようなことが起きるかもしれない。その時の対処法を考えておいた方がよさそうだ」
「対処法?」苦笑を浮かべるクライシス。「そんなもの、必要ないと思うぜ。オースティンがやったように立てなくしてやれば一件落着だ。殺さなきゃ何でもいい。何故なら俺達はこのことを上層部から言い渡されていないからだ。そうだろ?」
口を閉ざすイーヴィル。クライシスが正論を述べていたからである。確かに私達は実験施設からの脱走者について命令を受けていない。たまたまその場に居合わせただけで、あの時の「捕らえろ」という大雑把な命令を忠実に遂行した。私達は何も悪くない。上層部の人間達による管理不足だと言える。奴らの失態だ。
「じゃあ、この話は終わりにして、早速データを頂きに行きますか」
クライシスはやる気に満ち溢れた様子で地下保存室の方向へ足を向ける。ああ、そうだった。ジェドやヒューイに話をつけて満足していたが、計画はまだ序章に過ぎない。やるべきことは大量に残っている。次は新人のデータを拝借する作業に移らねば。
結果は後者だった。シニガミを前にして反撃され、怖気づいた男はそのまま背を向けてこの場から逃走しようとした。だが、私はそれを許さない。追いかける気はなく、補助武器を取り出して右足めがけて迷わず発砲した。右のふくらはぎに小さな穴が開くと同時に男はうつ伏せに転倒する。さぞや骨折部位に激痛が走ったことだろう。
「保護しろ! 早く医務室へ運べ!」
実験施設の責任者は慌てたように大声を出す。保護だって? 言葉の選択がおかしいだろう。
「おい、シニガミ」吐き捨てるように話しかけてくる。「やりすぎだ。死んだらどう責任を取るつもりだ? 全く、これだからシニガミは危険なんだ。これを野放しにしているブラッドリーの頭はイかれてるぞ」
舌打ちをされ、銃を下した数人と負傷した男、微動だにしない研究員を担架に乗せて波嵐のように去って行く。私はただ苛立って仕方がなかった。捕らえろと命令したのはお前で、部下に銃を向けさせていたにも関わらず発砲すれば叱責を受けるとは何事か。実験施設の人間は思考回路がおかしいと前々から言われていたが、そう噂されるのはこれが理由だったか。
「オースティン!」
見慣れた顔が呆然と立ち尽くす私の元に駆けてきた。イーヴィルとクライシスは状況が把握できずに戸惑った様子だった。私の右手が握る補助武器を見て、只事ではないことを察していた。
「撃ったな?」
「ああ」イーヴィルの問いに頷く。
「俺達は元々、対金属生命体用のサイボーグであり、人間に対して攻撃することは危険極まりない。搭載された武器も、例え補助武器であっても人に向けるべきではなかった。それは理解しているな?」
「もちろん」
「では何故、危険と知りながらもこういった事態になったのか、詳しく説明してくれ」
そう求められたため、私は補助武器を元の場所に収納し、淡々と、まるで他人事のように語り出す。
「ブザーの音は聞いたか? 出動時のものではないと私はとっさに判断した。そこで悲鳴が聞こえた。私はその方向へ駆けつけたが、一人の研究員が若い男に刺されて倒れている光景がそこにはあった。生きていたとしても失血死するだろう。そこで実験施設の責任者と武装集団のお出ましだ。名前は確か……」
「コーマックだ」クライシスが口を挟む。「あの施設長は異常だって有名だぜ」
「そうだったな。それで彼は居合わせた私に研究員を襲った男を捕らえろと命令した。四の五の言えずに私はそうしなければならなかったのだが、男には私に対して攻撃意思があった。私はどうにか傷付けず事を収めることはできないかと考えていたが、男の抵抗によって不可能となる。仕方なく私は凶器を持つ腕を骨折させ、逃走を図ったところで右脚に発砲したというわけだ」
「発砲の理由は? 押し倒すこともできただろうに」
イーヴィルの指摘は鋭かった。
「わかっているはずだ。私達のパワーは人間の何百倍も強く、力の加減によっては簡単に人間を撲殺できる。人間に対する加減が難しいし、下手に体当たりでもしてみろ、脊髄や頸椎を損傷させたり、勢い余って頭部を床に打ち付けた際は脳出血で済むかどうか……」
「確かに」同意するクライシス。「誰だか忘れたが、言い争った研究員が拳銃を使ったとかで激昂したシニガミに頭部を潰されたって話があったな」
「ハンニバルだろう」イーヴィルは目を細める。「奴は手術を受けることによって更に人格が歪んだものになったからな。ちなみに奴が殺めた研究者は四人だ」
「そうだったか? まあいい、話を戻そう。若い男は撃たれた後に保護されてコーマックらが連行していった。私は発砲したことについて叱られ、その苛立ちをどこにぶつければいいのかわからず突っ立っていた、というわけだ」
「つまり、その若い男は実験施設で監視されている人間か……」イーヴィルは憶測を続ける。「あのブザー音は初めて聞いたものだったが、これが最初の脱走なのか、それとも俺達の知らないところで何度も脱走を行っていたか……予測したところで無駄だろうが、今後また同じようなことが起きるかもしれない。その時の対処法を考えておいた方がよさそうだ」
「対処法?」苦笑を浮かべるクライシス。「そんなもの、必要ないと思うぜ。オースティンがやったように立てなくしてやれば一件落着だ。殺さなきゃ何でもいい。何故なら俺達はこのことを上層部から言い渡されていないからだ。そうだろ?」
口を閉ざすイーヴィル。クライシスが正論を述べていたからである。確かに私達は実験施設からの脱走者について命令を受けていない。たまたまその場に居合わせただけで、あの時の「捕らえろ」という大雑把な命令を忠実に遂行した。私達は何も悪くない。上層部の人間達による管理不足だと言える。奴らの失態だ。
「じゃあ、この話は終わりにして、早速データを頂きに行きますか」
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