「背負う覚悟と口付けを」

ミヤツキ

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逃げるのは賢い選択じゃないんですか…?

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結婚式場だろうがゴミ屋敷だろうが、研究都市だろうがどんな場所でも埃は舞う。

幼稚園児が粘土で作った創作物のようなもの、戦国時代に作られたかのようなお城、それらが全て高層ビルの一種なのだから驚きだ。

そんな多種多様な高層ビルをつなぐ、いくつかの赤い橋の一つを私は掃除していた。

掃除といっても、この場所はどこもかしこも綺麗なコンクリートが素材で、砂埃なんてものは見たこともない。

ただ人が、埃を生成するようで風の吹かないこの都市の特に赤い橋なんてところは埃がまあ目立つ。

「…おかしいな、ついさっき掃いたばっかなのに」

私は、端っこに置いてある箒と塵取りを持ってもう一度橋の上を掃いた。

この都市には自販機はない。

自販機の代わりに、ゴミ箱が至る所に設備されているがそのゴミ箱の姿も普通とは違う。

まず至る所に鉄の箱のようなものが置いてあり、社員証をかざすと深淵につながるかのような黒い穴が一つ現れる。

そこに、プラでも燃えるゴミでもなんでも入れるとその鉄の箱自身が、ゴミを分別してくれるのだ。

分別し終わるとその黒い穴は姿を消し、またなんの変哲もない鉄の箱に戻る。

なんともハイテクだ。

清掃業について、1年が経ったがいまだにゴミ箱一つでワクワクする。

「ずいぶん丁寧に掃除してるな、瀬佐」

振り返ると見慣れた顔がいた。

「埃が舞ってると注意を受けたので」

「へえ、誰から?」

「…名前は分かりませんが…、多分秋刀魚さんの部下の人ですよ」

私は注意されたことで不貞腐れていることを隠すために、もう埃のないところを箒で掃いた。

「直接言われたわけじゃないん?」

秋刀魚は、赤い橋に寄りかかって私に聞いた。

「ええ、陰で言ってるのを聞きに…」

「わざわざそんなん聞きに行ったのか?アホだなぁ、繊細のくせに」

ニシシッ、と笑いながら私に優しく微笑みかける。


「いいか?瀬佐、一つ良いこと教えてやる」

「なんですか?」

秋刀魚は、自分の手のひらをぐーからパーに変えて空中に青い画面を映し出した。

スライドさせて、アプリを開いて、空中に表示される画面にパソコンのキーボードを打つように打ち込んだ。

フォン、と音を立てて秋刀魚はある画像を私に見せた。

70代で、現役でこのシステムを扱える研究者は数少ないだろう。

「見たことあるか?」
私は画面を見た。

「…?猿の…なんですか?置物?」

「お前は、見猿聞か猿言わ猿、っていう言葉を知らないのか?」

呆れながら笑って秋刀魚さんは私を見た。

「初めて聞きました」


「見猿聞か猿言わ猿っていうのは、他人の欠点を見ない、聞かない、言わないって言う意味がある」

「ほう、なるほど」

「あとこれは、俺の作った意味なんだけどな…」

秋刀魚は私を見て、笑って言った。

「見たくないことは見なくていい、聞きたくないことは聞かなくていい、言いたくないことは言わなくていい、こう言う意味にもできるだろ?」

「…本来の意味は違うんですよね?」

「そんなん、捉えようで変わる」

秋刀魚は青い画面を手のひらに吸収するかのようにパーからグーに手を握って、画面を消した。

「瀬佐、どーせ傷ついてそれを治せないんなら傷つく道にあえて進まなくていい、逃げるのは賢い奴の方法の一つだぞ?」


「つまり、陰口をあえて聞く必要はない、ということですか?」

「醤油ーこと」

ダジャレを言って満足したのか、秋刀魚はニシシッと笑って私から去っていった。

この都市で清掃員に話しかける研究者など、彼くらいだろう。








「…逃げるのは賢い選択だって、言ってたじゃないですか……秋刀魚さん」
私はその次の日、逃げることを選ばず都市を追放された秋刀魚にそう嘆いていたー。













「本当にいいのですね?ここを出れば、2度と帰っては来れませんよ」

「…構いません」

私は書類審査が通って都市から出た。

職を失った。

でもそれより、何より、秋刀魚が心配だった。

私は秋刀魚を探すために、彼の故郷へ向かった。


カタン、カタン…と古びた音をひさしぶりに聞いた。

電車に揺られて駅を目指す最中、私は3年前のことを思い出していた。

私は、今よりもかなり人間不信だった。

年齢24歳で人間不信だとどんな弊害があるか?火を見るより明らかだった。

まず仕事が続かなかった。

どんな仕事にも、人間関係の構築を求められた。

それらを断絶する仕事は給料が明らかに安かった。

母はずっとそんな私を心配していた。

一人っ子の私をこれ以上、心配させないために家から出たかったが収入もなく、母の脛を齧る日々が続き自己肯定感も底を尽きていた。

母は、そんな私を見かねて1週間に一度、必ず夜にドライブに連れていってくれた

冬の冷たい夜だった。

外に出れば凍えそうなくらい寒いから、誰も家から出ていなかった。

私と母は、街灯もない夜道を目的もなく進んでいた。

「ねえ、あれ、なんだろう?」

母が急に車を止めたので、スマホから目を離し指差す方向を見るとそこだけ明かりが集まってるように輝いていた。

霧の中でよく見えない中、とにかく光ってることだけがわかった。

「イルミネーション?」
「行ってみるか」
母は、車を走らせた。

「あ、消えちゃったよ」
「え、うそ」

私がずっとその方向を見てるとその光は闇に消えた。

母はどの辺なんだろう?とスマホで調べていて、私もそのスマホを後ろの座席から見ていた。

こういう時、私より母の方が未知のものに惹かれやすい。

また母の中で何かが娘を元気にしてくれたら、という願いがあったゆえに母は闇に消えた光を目指して車を飛ばした。

1時間かけて、光があったであろう場所へ行くと、そこには広大な大地が広がっていた。

この国ー円の国の砂漠、として観光名所になってもおかしくないくらい広い場所だった。

私は息を呑んだ。

何か大きな町でもできるのだろうか?

私はスマホを取り出すと、圏外になっていた。

また冬の冷たさにスマホがやられ、充電がみるみる減っていった。

「あ!」

突然響いた声に私の肩が跳ねた。

恐る恐る振り返ると、そこには60代くらいのすらっとした出っ歯の男性がいた。

「もしかして、あんたらもこの光見たのか?」

「ええ…、ええと…」

私は助けを求めるように母を見てしまった。

「見ましたけど…」

母がそういうと、男性はため息をつく。

「あんな一瞬でここまで見てる人がいるなんて、びっくりだわ」

そして、男性はある紙を出した。


「説明すると、私は秋本と申します」

秋本、と名乗った男性はクリップボードに紙を挟んでスマホの光と共にこちらに見せた。

「あなたたちが見た光、なんですが…そのことは周りに言わんでもらえますか?」

私が書類を覗くと、そこには
ー研究都市を一般人が認知した場合ー
と書かれていた。

「研究都市?」
「ええ、ここは…うちの国が水面下に行っている研究が集結した都市なんですよ」
私の頭は混乱した。

都市…?

「…都市って、どこにあるんです?」
母が私と同じ疑問を抱いたらしく聞くと、

「ここです、このでーっかい土地に」
「ないじゃないですか」
「あるんですよ、外からは見えないだけで」
ますます意味がわからなくなった。

「バリアが貼られていましてね、外からは見えないようになっとるんですが…」

男性はやっちまった、という苦笑いをしながら頭を掻いた。

「いやぁ、私がバリアを誤って解いてしまったもんで、その10秒間の間に多分、見ちゃったんでしょうね」

…ということは、あの光は…研究都市?

「これで5人目です、もー、やっちまいまして、上からこっぴどく怒られてましてね」
「…それで、この書類は?」
母が聞くと、男性は答えた。


「…要は、この都市を見たことを生涯秘密にしていただくための契約書です、なんといっても国家機密なので」

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