君の為に出来る事ー君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事ー

＃25 三ツ木の泣く場所

　「多目的教室の使用？五日間もか？」
学年主任の飯塚先生が、使用許可申請用紙を見て言った。

「使用目的が試験勉強のためとなっているが、瀬戸、お前がその気になれば学年一位だって狙えるだろう？」
飯塚先生は怪訝そうな顔を彼に向けた。

「俺がわざわざ自分の為に学校の教室借りるなんて面倒な事する訳無いじゃないですか」
学年主任の先生を前にしても臆すること無く答えた。

「同じ部活のヤツに勉強を教えるんですよ。そいつ１ヶ月近くケガで学校来れてなかったんで」

その発言に先生は何かを思い出した様子だった。

「たしかC組にいたな…図書室とかじゃダメなのか？」
先生の言葉に、彼は内心イライラしていた。
『図書室じゃダメだから教室借りにきたんだろーが！
とにかく、そんなくだらない事はいいから早く確認印を押して使用許可を出してくれりゃあいいのに…』

しかし、まさか先生にそんな文句は言えない。
「期末まで一週間しかないので、少しでも集中出来る場所で効率的にしたいんです」

「そうか」

学年主任の先生はやっと申請書の確認欄に自分の印鑑を押してくれた。
「ありがとうございます」
ここは素直にお礼を言っておく。

「しかし、いくら友達の為とはいえ、大事な期末をC組の生徒に関わっていて大丈夫なのか？」

その言葉に、伸ばした手がピクリと止まる。

『…関わるって何だ？』

申請書を受け取った後、静かな口調で先生に切り返した。

「C組の生徒へ勉強を教えるのに何か問題でもあるんですか？」

「何、C組の生徒では学力的に随分差があるから、可成り時間を取られるんじゃないかと思ってね。そうなるとお前の成績にも関わってくるだろう？」

先生は自分の発言に悪びれる様子もない。

「自分の成績を維持する為に、成績の悪い者とは関わるなと、仰るんですか？」
彼は腹を据えて訊き返した。

「何もそこまでは…」

訊き返されるとは思っていなかった先生は、慌てて言葉を濁した。

「先生、俺を甘く見ないで下さい。
アイツにどれだけ時間を割こうが、自分の成績を落とす様な事はしませんから安心して下さい。　失礼します」

深々と頭を下げ、顔も見ずにその場を離れた。

『くそぉっ！』

彼は煮え滾る怒りを必死に抑え、自分の教室に急いだ。

『成績悪いヤツとは関わるなって!?教育者が訊いて呆れる、偽善者め！』



昼休み、わたしはお弁当を持って教室を出ると、中庭に向かって歩いて行った。
教室で誰かとお弁当を広げる訳ではないわたしは、花壇の花を眺めて気兼ねなく食べれる中庭が好きだった。

一階の渡り廊下から外に出た所で、ばったりと三年の塚本春樹が彼女と一緒にいるところに出会した。

「先輩…」わたしは頭を下げる。
「なんだ三ツ木、学校に来てたのか？」

塚本にべったりとくっついている彼女の水島朱音が冷たい視線を向ける。

「は…はい、今日から……」

学校に来た初日に、好きな先輩の顔が見れたわたしの胸は高鳴った。



自分の教室へ向かう廊下の窓から、真古都の姿を見つけると、
『ちょうど良いから放課後の場所を伝えとくか』
そう思い渡り廊下から外へ出た。

ところが彼女に近づくと、誰かと一緒らしく話し声が訊こえてくる。

「随分酷いキズだって？ブスが化け物になっただけだろう。この際相手の男に責任とってもらったらどうだ？」

何とも酷い言い種だった。はなしの相手は単語部長クズに間違いないと俺は思った。
俺は何食わぬ顔でそのまま声のする方へ出ていった。

嘲笑する二人とは対照的に、三ツ木は血の気が引いたような顔で茫然と立ちすくんでいる。
僅かに震える唇から、いつもの笑顔を作る余裕もない事が判る。

「なんだ三ツ木、こんなところにいたのか？期末のことで学年主任の先生が捜してたぞ」

いきなり割って入ってきた俺へ、クズも彼女も露骨にいやな顔を向けるものの、“学年主任の先生”と云う言葉に何も言い返せなかった。

「そう云う訳なんで俺ら行きますね」

俺は形式的に頭を下げ、そのまま三ツ木の腕を掴んで歩き出した。
三ツ木の方は、歩くと云うよりは腕を引っ張られ、引きずられるように足だけが勝手に動いている状態だった。

言葉も出せずにいた三ツ木も、裏庭に着く頃には正気を取り戻していた。

「しょ…職員室行かないと…」
「あれは嘘だから心配いらない」

裏庭にある花壇の陰まで来ると、俺は三ツ木の正面に立ち、両手で顔を挟むように頬に触れ、彼女を見据えた。

「泣いていいぞ」

彼女はどうしていいのか判らず困惑する。

「あんなクズに無理に笑う必要はない」

顔を逸らしたくても両手でしっかり押さえられていてどうする事も出来ない。

「瀬戸くんのいじわる…」

彼女は言った傍から涙が溢れ出し、頬を押さえている俺の手を落ちた単語滴しずくが濡らしていく。

「そりゃどーも」

俺は鰾膠なく答えるものの、取り出したハンカチを彼女に渡した。
三ツ木は渡されたハンカチで両眼を覆うと、間もなく嗚咽を漏らして泣き始めた。
頬を押さえていた手は肩に移り、彼女の気持ちを宥めるように優しく叩かれた。


容姿に劣等感があり、男子からの心ない言葉に傷つき、男性不信の強い彼女だが、寡黙で無骨ながら誠実な瀬戸翔吾に敬意を寄せている。

彼の前では、素直に笑う事も、泣く事も出来るようになっていた。


『この先お前が辛い時、絶対に一人では泣かせない！
俺がお前の涙を支えてやる！』