君の為に出来る事ー君に伝えたかった言葉と伝えられなかった事ー

＃27 瀬戸くんとの勉強会

　「どうした三ツ木」
わたしが暗い気持ちでいると、少し離れた所から声が聞こえてきた。
瀬戸くんだった。

「なんだそんなに息せき切って、別に走って来なくていいのに…」
そう言って、わざわざ近づいて来てくれる。
「退院したばかりで走るヤツがあるか！躰に障るぞ」
言葉は悪いが、瀬戸くんが心配してくれているのが判る。
「とにかく教室に入って休め」
瀬戸くんはわたしの鞄を持ってくれ、教室に案内してくれる。

教室に入ると空調がきいていて気持ち良かった。
『瀬戸くんが前もって入れておいてくれたんだ…』
小さな心遣いだったけど凄く嬉しかった。

「何か飲み物を買って来てやるから少し待ってろ」
わたしは買いに行こうとする瀬戸くんの腕を思わず掴んだ。
「大丈夫だから、一人にしないで」
きっと小間沢さんとの事で少し不安になっていたからだ…

「だが何か水分は摂った方がいいぞ。俺の水筒の白湯でいいか？」
座って息を整えているわたしに瀬戸くんが言った。

「わたしが貰ってもいいの？」
わたしに自分の水筒に入っている飲み物をくれるなんて…
少し不安になって訊いたら、
「嫌なら最初から提案しないだろう」
そう言って、
“何をバカな事を言ってるんだ？”
と云う顔を見せると、自分の鞄から水筒を取り出し、フタを開けて渡してくれた。

『いいのかな？本当に貰って…』
わたしが躊躇していると、
「んっ！」
差し出された水筒を、さも早く受け取れと言わんばかりに、もう一度突き出された。

「ありがとう」
受け取った水筒に口をつけて中の白湯を飲む。

「おいしい…」
わたしはもう一度口をつけてゴクゴクと飲んだ。
少し熱めの白湯が、一口飲む度に躰を温めてくれる。
それだけの事なのに幸せな気分になる。

「今日は数字から始めよう。中間の答案を見ると詰まらないミスばかり目立つからな…」
瀬戸くんはホワイトボードに問題を書き始めた。

『やっぱり瀬戸くん、やる事にそつがないなぁ…』
わたしが感心していると、瀬戸くんが書く手を止めて振り向いた。

「落ち着いたか？　そろそろ始めるぞ」
わたしは慌てて鞄から教科書とノートを取り出した。

「瀬戸くんごめんなさい。お白湯全部飲んじゃった…それと…今水筒洗ってくるからちょっと待ってて？」
躰を温めてくれる白湯があんまり美味しかったので、つい全部飲んでしまった。

わたしは水筒を洗って返そうとしたが、その前に瀬戸くんが持って行ってしまう。

「何変な気を遣ってるんだ。どうせ夕食の後、他の食器と一緒に洗うんだからこのままで構わない」
「あ…ありがとう…」
瀬戸くんはわたしが口をつけた水筒を気にもせずしまってる。
いつもの事だけど…ホントに心が広くていい人だな…

瀬戸くんは例題を解きながら、判りやすく説明してくれる。
「それじゃあ、この問題解いてみろ。判らない時は直ぐに訊けよ」
プリントに問題が書いてある。
『わたしのために色々用意してくれたんだ…頑張ろう…』

そう思ったのに…既に２問目で躓いた…
瀬戸くんの方を見ると、真向いの席で自分の勉強をしている。
『後で纏めて訊けばいいか…』
わたしは何となく声をかけずらくて次の問題に移った。

暫くすると瀬戸くんが険しい顔で側に立っている。
「どう云う事だ三ツ木！判らない所があったら直ぐ訊けと言っただろう!?」
解けてない問題を指差しながら怒っている。

「ご…ごめんなさい　瀬戸くんも頑張ってるみたいだったから、何だか訊きづらくて…」
消沈するわたしに呆れたのか、溜息が聞こえてきた。

「三ツ木間違えるな。今はお前のために使ってる時間だ。お前が有意義に使わないでどうする！」
「ホントにごめんなさい」
「…ったく、全然声かけてこないからおかしいと思ったんだ！１問づつ説明するからよく訊いとけよ」
瀬戸くんはホワイトボードでゆっくりと１問づつ教えてくれた。

そうだった
今は瀬戸くんがわたしのためにわざわざ作ってくれた時間なんだから無駄にしちゃダメだ…