上 下
35 / 96

#35 霧嶋数祈 後編

しおりを挟む
 僕には他人ひとに言えない秘密がある。
その事はもう自分の中で諦めがついている。
ただ、どうしても諦めきれないものがあって、それが今、唯一望むものだ。

三ツ木先輩の事も、ほんの気紛れだった。
部活のチラシを配っている先輩に、取り巻きの女の子がぶつかって転ばせてしまった。
仕方なく、近づいて声をかけようとしたら、何事も無かったように立ち上がって、交代の部員にチラシを渡して行ってしまった。

僕の噂を聞いた女の子で、あからさまに嫌悪感を見せる人がいるけどそれとも違う。
元々眼中に入っていなかったのかも知れない。

何となく、無視されたのが悔しくて、先輩が配っていた部活のチラシを見て園芸部に入った。
だけど先輩は美術部員だって後で知った…
僕は事ある毎に先輩のところへ行って、アプローチをかけた。
なのに毎回塩対応だし、いつも一緒にいるあの男には睨まれるし…
ほんのちょっと、僕に関心を寄せて欲しかっただけだったのに…

自慢じゃないけど僕は結構モテる。
日本人の母とフランス人の父の間に生まれ、細面にマリンブルーの瞳、明るめの亜麻色の髪。二度見しない女の子なんて、いないと言っても大袈裟じゃない。

なのに先輩はいつだってあの男を優先させる。
そう、先輩にとって僕はその他大勢にいる一人にすぎない。
逆に言えば、他の人と同じように接してくれた。
僕の噂はしってる筈なのに…



お昼休み、女の子たちから離れ一人になりたくて裏庭にきた。
僕はそこで、昼食を摂ってる先輩とあの男を見かけてしまう。

「どう?」
先輩は心配そうにあの男の顔を覗き込む。
「旨いよ」

あの男は先輩の方を見もせずに、食べながら答えてる。
それなのに先輩は凄く嬉しそうだ。
「旨いか?」
「うん!」
先輩はなぜかパンを食べている。
あの男が先輩の頭に手を伸ばすと、抱き抱えるようにして自分へ引き寄せてる。
先輩は嬉しそうに含羞んで、あの男に躰を寄せている。

「可愛いな三ツ木先輩」
そう感じた時、胸の奥が苦しくなった。
突然すぎて、最初は判らなかった。
だけど、あの男が三ツ木先輩に触れる度、イラつく自分がいる。
嫉妬やきもちやいてる?この僕が?』
信じられなかった。
あんなに女の子には辟易してたのに。

「えっ?園芸部を辞めた⁉」
「はい、元々文化系の部活ならどこでも良かったんで」
驚いている先輩たちに僕は言った。
「だって、真古都さんに会いに来ると恐い先輩が睨んでくるんだもん」
僕は真古都さんの手を握って話しかけた。
「部活が一緒なら毎日会えるでしょ!真古都さんよろしくね」



「おい、霧嶋!どう云うつもりだ?あれほど三ツ木に手を出すなって言っただろ!」
案の定、僕が一人の時あの男が詰め寄ってきた。

「そんなの僕の勝手でしょう?
大体彼氏でもない先輩から、なんでそんな事言われないといけないんです?僕は真古都さんと一緒にいたいから同じ部活に入っただけですけど」

「真古都って、お前…」
僕が先輩を名前呼びに変えたから、あからさまに苦々しい顔を向けてきた。
「僕は先輩みたいにのんびりしてて、他の誰かに取られたくはないので遠慮なくいきますよ」

「なんで三ツ木なんだ?お前なら女なんていくらでもいるだろ!」
先輩が当たり前な事を言ってくる。
「いくらでもいますよ!五月蝿いくらいにね!でも僕が欲しいのは、僕と云う人間をみてくれる一途な女の子だ。その点、彼女ならずっと変わらない思いを寄せてくれそうだしね」

「お前にアイツの何が判る⁉今まで散々辛い思いをしてきたんだ!一時の感情でアイツを振り回すのはやめろ!
三ツ木はお前みたいなヤツは苦手だ。諦めろ」
先輩ならそう言うと思った。
「彼女、自己評価低いですからね。
でも僕は彼女が可愛くて仕方ないんです。悪いけど僕は本気ですからね。
さっきも言ったように僕は遠慮しませんよ。絶対落としてみせます。
僕はどうしても彼女がほしいんで!」



真古都さんはいつも何も変わらない。
他の人と同じように僕にも接してくれる。
真古都さんにとって僕は
顔の良い“王子”じゃない
霧嶋数祈と云う一人の人間だ。

彼女なら
たとえ僕の顔が無くなっても
絶対離れずに側にいてくれる!
僕がどうしても諦めきれずに欲しかったもの
僕に何があっても
絶対僕を忘れずにいてくれる女の子…

ここで彼女を逃したら
二度とこんな理想通りの女の子なんて
見つからない…

彼女を落とす為なら
形振りなんて構っていられるか!
“王子”の肩書なんて犬にくれてやる‼
しおりを挟む

処理中です...