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#72話 新しい年の焚き火をさして

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 「ねえ、真古都さん」
霧嶋くんがわたしに顔を近づけて話す。

「なぁに?」
霧嶋くんは、瀬戸くんが迎えに来てくれるまで、よくわたしの教室に来る。
今日も二人で、瀬戸くんが来るまで教室の前にある階段の踊り場で話をしていた。

「初詣、一緒に行こうよ」
霧嶋くんがわたしの手を握って誘う。
「で…でも…」
どうしよう…初詣なんて…
「大丈夫、小さな神社だから、そんなに混まないよ。新しい年を一緒に迎えたいんだ」
霧嶋くんがあんまり真剣に頼むから承諾する。
「いいよ、一緒に行こう」
「ありがとう!約束だからね」

「真古都、帰るぞ」
瀬戸くんが迎えに来た。
「じゃあね」
霧嶋くんに手を振って別れると、わたしは小走りで瀬戸くんの所に行った。

「王子は随分ご満悦のようだったが何かあったのか?」
「うん…一緒に初詣に行く約束をしたんだ」
瀬戸くんに隠し事はダメなのでちゃんと言う。
「そうか…」
瀬戸くんはそのまま黙ってしまった。


初詣か…
一緒に行くなんて思い付かなかったな…
女の子と付き合うのは色々難しい…
俺は柏崎に怒られてばかりだ…

真古都は何も言わないが、
俺は真古都の彼氏をちゃんと出来てるのか?

本当は霧嶋と二人で初詣なんて行かせたくはない。
だけど、霧嶋があと何度初詣に行けるかを思うと、
どうにも胃の辺りが重く、苦しい…

「瀬戸くん? 瀬戸くん?」
ずっと黙ってるから心配になって声をかける。
わたしの前を歩いていた瀬戸くんがいきなり止まって振り返った。
しかもわたしのおでこを思い切り中指で弾いた!
「いったぁ~い」
「ふんっ!」
瀬戸くんはまた歩いてく…

「ま…待って…瀬戸くん…待って…」
追いかけながらわたしは思い出す。

「ま…待って、翔くん…」
初めて名前を呼んだ。なんか恥ずかしい…
瀬戸くんの足が止まる。
「なんだ?」

「ずっと黙ってるから…怒ってるのかと思って」
わたしは少し俯いて話した。
「ちょっと考え事をしてただけだ。心配ない」
瀬戸くんはいつもと変わらないけど、わたしは初めて名前を口にしてなんだか凄く照れ臭い…

真古都がモジモジしながら俺の名前を呼んでくれた。
『くそっ!バイト先じゃなんて事無かったのにコイツに呼ばれるとメチャクチャ恥ずかしい…』
だけど、真古都と俺の距離が縮まったようで嬉しかった。




クリスマスが終わると、あっと云う間に年の瀬がやってくる。
わたしは大晦日の夜、霧嶋くんとお出かけするために用意して待ってる。

「マコ~ 霧嶋くん来たわよ~」
お母さんが呼んでくれた。
玄関に霧嶋くんが待ってる。

「迎えに来てくれてありがとう」
「はい、真古都さん」
挨拶したわたしに霧嶋くんが差し出したもの…
真っ赤な薔薇の花束だ。

「定番だけど僕の気持ちだから…」
そう言って手渡された。
しかもこれ、メチャメチャ良い薔薇だよ…

霧嶋くんはお母さんへ丁寧に挨拶してた。
そう云うとこ、紳士だよね…



「真古都さん、年の瀬に因んだ演劇のチケットを取ってあるんだ。好きだと良いんだけど…」
「ホント?わたし演劇好き!嬉しい」
真古都さんの顔がぱあっと明るくなる。

「軽く食事をして、劇場で新年を迎えてから、ゆっくり初詣に行こう」
真古都さんは凄く喜んでいる。
当然だ、真古都さんが演劇鑑賞を趣味にしてるのは下調べして確認済みだ。

僕が選んだのは《森は生きている》
新しい年を迎える話しとしてはちょうどいい。
誰でも知ってる話しだけど、
素敵な話しだから二人で観たかった。

真古都さんの今日の服装は臙脂色のワンピース。
丈が長めのスカートに、リボンのタイが可愛い。
僕がクリスマスにプレゼントしたネックレスをつけてくれてる。



「劇、良かったね」
観終わった後、ティーラウンジでお茶を飲みながら楽しかった劇の話しで盛り上がった。

初詣に行った神社も、ちょうど人がすくなくなった時間帯で、真古都さんも安堵していた。

「あっ…焚き火があるよ」
古いお札などを燃やすために焚かれているものだ。

「新年を迎える焚き火だね」
真古都さんは笑って焚き火にあたってた。


来年また一緒に来れたらいいな…
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