冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第二章 相思相愛編

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リスティーナは王妃と向き合う形で対面し、お茶にも手を付けずにじっと黙っていた。
カップに注がれた紅色のお茶が光の反射でゆらゆらと動いている様に見える。
こちらを見つめる王妃は笑みを浮かべているがその目は笑っていない。
リスティーナは内心の恐怖と不安を押し隠して、膝の上に乗せた手をギュッと握った。

「どうしたのじゃ?リスティーナよ。遠慮せずに食べるがよい。」

「お気遣い痛み入ります。王妃様。」

テーブルに並べられたマカロンやマドレーヌにクッキー、苺のケーキ…。どれも色とりどりで美味しそうだ。けれど、緊張と恐怖の為に食べたいとは思えなかった。

「このマカロンなどはどうじゃ?」

「あ、あの…、王妃様。お気持ちは嬉しいのですが…、」

「何じゃ。わらわが勧めた菓子をいらぬと申すのか?」

「い、いえ…。頂きます。」

断ろうとした瞬間、王妃の目がスッと細められた。
その視線にリスティーナはギクッとして、慌てて首を横に振り、マカロンを手に取った。
リスティーナはマカロンを口に入れて、無理矢理咀嚼した。
目の前にいる王妃が恐ろしくて、味がほとんど感じられない。

「どうじゃ?」

「…美味しいです。王妃様。」

「そうか。そうか。やはり、若い娘は甘い物が好きなのじゃな。では、これも食べるがよい。」

そう言って、王妃はスコーンやクッキーを次々と差し出した。
え、と思わず声に出そうになったのを何とか堪えた。断る事も出来ず、笑みを浮かべたまま王妃に勧められるがままに菓子を食べ続ける。
甘い…。甘くて、胃もたれしてしまいそう。無理矢理お茶で流し込んで嚥下する。
…気持ち悪い。胃の不快感を堪えながら、リスティーナは笑みを貼り付ける。

「そういえば、わらわがあげた茶はどうじゃ?ルーファスと飲んでくれたのじゃろう?」

王妃の問いかけにリスティーナはきた、と思った。リスティーナはあらかじめ考えておいた言い訳を口にした。

「申し訳ありません。実は、まだ…。殿下は警戒心が強い方なので、他人が淹れたお茶を飲もうとなさらないのです。」

「ほう…?そうなのか?」

王妃の目がスッと細められる。ピリッと冷たい空気が走り、リスティーナは今にも逃げ出したくなった。でも、グッと堪えて王妃から目を逸らさずに頷いた。

「はい。どうやら、殿下は昔、毒を盛られたことがあるようでそのせいか食べ物や飲み物には人一倍気を遣っている様でして…。」

じんわりと脇に汗を掻きながらもリスティーナは王妃の目から逸らさずにそう答えた。
無表情でじっとリスティーナを見つめていた王妃はそうか…。と呟き、

「それなら、仕方ないのう…。」

何とか誤魔化せたのだろうか?リスティーナは心臓がドキドキした。喉がカラカラに乾く。
早く…。早くここから解放して欲しい。

「しかし、おかしいのう。わらわが聞いた話じゃと…、あやつはそなたの出した物は拒まないと聞いておったのじゃが…。それは、わらわの勘違いだったのかのう?」

「…!」

リスティーナはギクッと肩が強張った。まさか…。監視されていた?
私が殿下にお茶を飲ませるかどうかを確認するために…?リスティーナはカタカタと手が震えた。

「あ、あの…、それは…、」

「しかも、そなたはルーファスにわらわが渡した茶ではなく、別の茶を淹れていたとか。…実際の所はどうなのじゃ?わらわに本当の事を教えてくれぬか?リスティーナよ。」

バレている。王妃様は私のしたことを全て知っているんだ。リスティーナはキュッと唇を噛み締めると、王妃に頭を下げた。

「申し訳、ありません…。王妃様。私には…、殿下にあのお茶を飲ませることはできません。」

頭を下げたまま、王妃が何かを言うより早くにリスティーナは続けた。

「私は怖いのです!殿下の呪いはとても恐ろしい力を持っていると聞きました。それこそ、人の命を奪う程の力があるのだと…。もし、私が殿下のご不興を買えば、殿下の怒りに触れて、殺されてしまうかもしれません!私は…、まだ死にたくありません!」

リスティーナは彼の呪いを恐れて、怖気づいているかのように装った。
ルーファス様を庇ったり、王妃の言葉を真っ向から否定すれば王妃様は私を許さないだろうと思ったからだ。
私には王妃様に逆らえるほどの気概も力もない。ルーファス様の味方になりたくても、表立って動くことも声を上げる事も出来ない。だからこそ…、私には私ができるやり方でルーファス様を助けたい。

ルーファス様の呪いを恐れている人間は多い。きっと、王妃様もその一人の筈…。
だからこそ、私もそのように振る舞えば、もしかしたら…、誤魔化せるかもしれない。
リスティーナにはもう、この手しかなかった。役立たずと言って、罵倒されるかもしれないがそれ位は甘んじて受けよう。リスティーナはそう覚悟を決めた。
王妃は黙ったまま答えない。リスティーナも頭を下げたまま顔を上げなかった。沈黙が怖い。

「そうか…。」

王妃はフウ、と溜息を吐いた。思っていたよりも静かな反応にリスティーナは戸惑った。

「そなたなら、やれるのじゃと思っていたのじゃが…。見込み違いだったようじゃな。」

王妃はそう言って、期待外れとでもいったような目でリスティーナを見下ろした。だが、それだけだった。

「申し訳ありません。」

王妃の反応は意外だった。てっきり、睨まれるか強い叱責を受けるか最悪、叩かれるかと思っていたのに…。

「ルーファスに茶を飲ます。たったそれだけのことができないとは何とも情けないのう。見かけ通り、気の弱い女じゃのう。そなたは。」

リスティーナは黙ったまま俯いた。

「残念じゃ。イグアスはそなたが気になっていると聞いていたから、そなたの働き次第ではイグアスの妃にしてもよいと考えていたのじゃが…。」

イグアス。リスティーナはビクッとした。思い出すのは、あの夜会の日に乱暴されそうになった時の事だ。
リスティーナはふと、ある事に気が付いた。これはもしかして、前の正妃様の時と同じ手口なのではないかと。前の正妃様はイグアス殿下の正妃にするという条件でルーファス様を殺す計画に加担した。
王妃様はその時と同じように今度は私をルーファス様を殺す道具として使おうとしている。
リスティーナはそう確信した。でも、例えイグアス殿下の妃にすると言われたところでリスティーナの答えは最初から決まっている。

「どうじゃ?今からでも考え直す気はないか?」

王妃の猫なで声が恐ろしい。リスティーナの反応で気が変わったとでも思ったのだろう。
そんな事ある訳ないのに。でも、面と向かって断れば何をされるか分からない。

「イグアス殿下の妃になれるなど大変名誉な事でございます。
ですが、私はやはり、命の方が大事ですので…。王妃様のご期待に添えず、申し訳ありません。」

リスティーナは深々と頭を下げた。王妃の顔は恐ろしくて、見れなかった。だから、気付かなかった。
王妃がどんな目でリスティーナを見つめていたのかを。

「…そうか。それがそなたの答えなのじゃな。」

「はい…。」

「よかろう。好きにするがいい。」

王妃の言葉にリスティーナは思わずホッと胸を撫で下ろした。
良かった。諦めてくれたみたい。思った以上にしつこくなくて、拍子抜けした。

「どのみち、そなたはもう用済みじゃ。」

「え…?」

王妃の言葉の意味がよく分からず、リスティーナは思わず王妃を見つめた。リスティーナが疑問の声を上げたと同時に…、突然、グッ、と何かがこみ上げてきた。
カッと喉が熱くなり、ゴポッと口から何かを吐き出してしまう。
テーブルクロスとドレスが真っ赤に染まった。咄嗟に口元を押さえた手を見れば…、真っ赤な血がべったりと付着していた。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。リスティーナは自分の手を呆然と見つめ、ゆっくりと王妃に目を向けた。

「ああ。やっと効いたのじゃな。」

視界が揺れて、王妃様の顔がよく見えない。でも、その口元は薄っすらと笑っていた。

「ッ…!?ハッ…!」

息ができない。突然の息苦しさに生理的な涙が滲んだ。
紅茶が入ったカップが手に当たり、カシャン、と音を立てて、カップがテーブルの上に倒れた。
カップが倒れたせいで中身が零れてしまった。
その直後、リスティーナの身体はドサッと音を立てて、床に崩れ落ちた。
ヒュー、ヒューと喉元から掠れた音がした。
痛い。熱い。苦しい。両手で喉元を押さえ、リスティーナは苦しみもがいた。

「ホホッ…!いい顔をするのお。わらわに逆らった罰じゃ。精々、苦しむがよい。」

「あっ…!う…!ッ…!」

助けを求めるように伸ばした手が空を切る。その手は真っ赤に染まっていた。
まさか…、紅茶に毒を?リスティーナは愕然とした。
王妃様に茶葉を渡された時から嫌な予感はしていた。
実の息子であるルーファス様を殺そうとする人だ。他人の命を奪う事も平気でやってのける人なのかもしれない。
でも、まさか、私の事も殺そうとするだなんて思わなかった。
さすがにそこまで非道な事はしないだろうと思っていた。だけど、その考えは間違いだったと気付かされた。そして、それに気付いた所でもう手遅れだった。

私…、ここで…、死ぬの?リスティーナは死を予感した。段々、意識が薄らいでいく。
死にたくない…!リスティーナは本能的にそう思った。
じわっと涙が零れた。私、まだルーファス様に何も伝えていないのに…!
私の気持ち…。まだ、何も…。ハッハッ、と息が上がる。苦しい。苦しい。死んでしまう。
ルーファス様…!リスティーナの脳裏にルーファスの姿が思い浮かんだ。
優しい目で微笑んでくれるルーファス様の笑顔…。最後に一目だけ…、ルーファス様にお会いしたかった…。リスティーナは薄れゆく意識の中、そう思った。その時、バン!と扉が勢いよく開け放たれた。
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