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ささやかなる弁当

あの場所にはなんでもある

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 住宅メーカーの事務所は万千湖たちが当たったのとは別のモデルハウスの横にあった。

 珈琲をいただきながら、ざっくり説明を受ける。

 他の経費とかもかかるし。
 結構お金かかりますね、と万千湖は駿佑に目で訴えた。

 駿佑はなにも訴えてはこなかった。

 万千湖に言ったところで、なにも解決などしそうにないからだろう。

「まだ話してみなければわかりませんが。
 彼女の実家にこの家を、と思っているのですが。

 大丈夫ですか?」

 当たった権利を譲渡できるのかを訊いているようだ。

「大丈夫ですよ。
 奥様の方のご家族がご一緒に住まわれるのですね」
と営業の清水という好青年がにこやかに言ってくる。

 ……そういえば、この家、二世帯だったな。

 二世帯でない仕様にもできるようだが。
 金はかかるが、と万千湖はパンフレットと渡された注意事項の書類を見つめる。

「我々が住まずに、彼女の家族だけ、ということもできますか?」

 駿佑が言葉を選びながらそう問うと、
「そうですね~。
 まあ、お身内ですからね~」
とちょっと困った顔をしながらも清水は言った。

 いや、お身内ではない。
 当たったのは、課長であって、私ではないからだ。

「まあ、将来、二世帯で住まわれるということであれば。
 でも、せっかくの新居ですよ。

 おふたりも一緒に住まれたらいいじゃないですか」

 水回りも完全に分かれているし、玄関も別。

 リビングなども共用でないリビングもそれぞれについているし、お互い鍵もかけられると説明される。

 それは最早、同じマンション内にある別世帯と変わりないのでは……と聞きながら万千湖は思っていた。

 詳しく説明を受けたあと、返事は家族と話し合ってまた、ということになる。

 帰ろうとすると、清水が、

「ご当選おめでとうございます。
 ささやかな品ですが、新居でお使いください」
と真っ白でふかふかのささやかな(?)バスマットとスリッパ。

 それに、
「おふたりでどうぞ」
と黒いボトルのシャンパンまで渡される。

 モデルハウスの花壇にある、紅葉したふわふわのコキアを眺めながら、
「どうしましょうね~」
と万千湖は困る。

「シャンパンどうする?
 お前、やろうか。

 酒呑みだから」

「なんでですか。
 いっしょに呑みましょうよ。

 あっ、さっきの港で夜景とか見ながら呑んだらいいですよね~。
 チーズとか買ってきて」

「……車をどうするんだ」

「一旦、置いてきます?
 それか……

 代行で帰るとか。
 歩いて帰るとか。

 車、引きずって帰るとか。
 ……押して帰るとか?」

 だんだん計画に無理が出てきた。

「どのみち今日は無理だろう。
 シャンパン冷えてないし」

「うちで冷やしますか?
 冷凍庫に入れといたら、すぐ冷えませんか?」

「……爆発しないのか? それ」

「そういえば、帰って七福神様にお礼を言わなければ。
 あ、それか、クーラーボックスに氷入れて冷やします?」

「クーラーボックス何処にあるんだ」

「うちにありますよ」

「また100均で買ったのか」

 まさか、と万千湖は笑ったが。

「……ありそうですよね、100均に。
 何処よりも品揃えがよかったりしますからね」

 万千湖は立ち止まり、思わず、スマホで検索していた。

「あるっ。
 ありますよっ、100円じゃないけど。
 発泡スチロールのがっ」

「……ほんとうになんでもあるんだな。
 引っ越したとき、家のもの全部100均で揃えるとかできそうだな、棚とかもあるし」
と言われ、あの豪華なモデルハウスの中身が全部100均なところを想像してみた。

「……ソファがないですよね」

「クッションがあるじゃないか」

「ラグとかもありますよね。
 もしですが、我々がお金を出し合って、あのモデルハウスを何処かに建てたとしたら、私はお金がなくて、100均で全部そろえてしまうかもしれません」

 冷蔵庫はクーラーボックスで。
 扇風機もミニならあるし。

 暖房はホッカイロがあるしな。

「暮らしていけそうですね……」
と呟いたが、よく考えたら、電化製品は今の家にあった。

 また暇なことを、と言われるかと思ったのだが、車に乗り込んだ駿佑はなにやら考えている。

「課長、どうかされましたか?」

「いや、完全に分離した二世帯なんだよな、と思って」

 はあ、と言うと、
「俺とお前で住むのもアリかなと思って」
と言う。

「……そうですね。
 同じマンション内の別の家みたいになりますもんね」

 だがしかし、のちのち困るのでは。

 それぞれが結婚とかしたらどうなるのだろう。

 まあ、完全に独立した別の世帯だし。

 上下でご近所さん、みたいな感じで、いいのか?

 いやいや、しかし……と迷いながら、

「でも、そういえば、土地も買わなきゃいけないですよね」
と万千湖は言った。

 山の方に行けば安いだろうが、会社に遠くなるので、車がいる。

 いや、幾らか払って課長に送ってもらうという手もあるのだが。

 実家なら、今の家を壊して建て替えるそうなので、土地の心配はなかったのだが……。

 そのとき、
「土地ならあるぞ」
と駿佑が言った。

「え?」

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