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ささやかなる弁当

いい土地はありませんか?

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 詳しい話はこれから詰めることにして、モデルハウスを出る。

 あの港に車を戻し、万千湖たちは車の中から海を眺めた。

 こうしていると、時間がモデルハウスが当たる前に戻った気がしてくるが、確実に日は落ちていた。

 万千湖はとりあえず、実家に訊いてみた。

 駿佑の身内でなければ譲渡できなさそうだったが。

 とりあえず、1800万であの家がいるかどうか確認してみろと駿佑に言われたからだ。

「モデルハウス?
 ほんとうに当たったの?」

 半信半疑に訊き返してくる母に、図面を送ってみた。

「なによ、これ。
 入んないわよ、こんなドデカイ家、うちの敷地に。

 敷地面積いっぱいに家を建てれば建たないこともないかもしれないけど。

 駐車場はよそに借りるとしても、どうやって家の周り歩くのよ。

 こんなふうにっ?」

 いや、どんなふうに。

 まあ、母親が電話の向こうで妙なポーズをとってるだろうことは想像できた。

 万千湖は通話を切り、駿佑に言う。

「土地の広さ的に無理だそうです。

 でも、そういえば、うちの辺、下町っぽい、昔ながらの住宅街というか。
 いいとこなんですが。

 あんなモデルハウス建てたら浮きそうではありますね」

 それにあんな遠いところに建てたら、課長も私も会社に通えないしな、と思う。

 っていうか、もし、実家の敷地に建てたら、課長と自分たち一家で、左右に別れて住む感じになるのだろうか。

 そんなことを悩んでいる万千湖に駿佑が少しうらやましそうに言ってくる。

「そんな雰囲気のとこなのか」

「はい。
 みんな仲良くて人情味あふれるというか」

 で、ご近所さんとの付き合いで流されて、ご当地アイドルになってしまったわけだが……。

 だが、地元に好感を持ってもらって嬉しく、万千湖はもう少し語ってみた。

「昔ながらのこう、共同井戸の前にみんなで集まって井戸端会議をするような」

 うまく土地柄を表した表現ではあったが。
 ……なに時代だ、と言われそうなことを言ってしまう。

「そんな、こう……
 みんなが朝顔につるべ取られて、もらい水みたいな」

 そんな万千湖の適当な妄想に駿佑が鋭く突っ込んでくる。

「共同井戸じゃなかったのか。

 共同井戸のつるべに朝顔が絡んで、他の共同体の井戸に水をもらいにみんなで行ったのか。

 それか、それぞれの家にも井戸があったのか。
 各家のつるべがとられて、もらい水って、お前の町は、どんだけ朝顔が繁殖してるんだ。

 学校帰りに、もらった朝顔のタネをいて歩く小学生でもいたのか。
 テロか」

「……物の例えなんで」

 冷静に検証してみないでください……と万千湖は言った。


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