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ささやかなる弁当

生意気なのはどっちだ

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 その日、黒岩は近くのホテルにタレントたちと宿泊し、次の日、撮影の合間に近くの公園前を歩いていた。

 すると、万千湖がベンチに座っていた。

 なにしてるんだ、寒いのに、と思い、足を止める。

 膝の上には弁当らしき包みがあった。

 しばらくすると、すっと鼻筋が通った驚くようなイケメンがペットボトルのお茶を手にやってきた。

 生意気にも万千湖の横に座る。

 生意気にもがどちらにかかっているかは謎なのだが。

 男がペットボトルを万千湖に渡し、万千湖が微笑む。

 うん、いい顔だ。

 ベストショットが撮れそうだぞ、マチカ。

 ……で、どうでもいいが、お前たちはなんで、この寒いのに公園で弁当食べてんだ。

 弁当はマチカが作ったようだな、と気づいた黒岩は、はっ、と慌てる。

 マチカにはお茶の淹れ方は教えたが、弁当の作り方は教えていないっ。

 心配のあまり、じわじわ前に出てしまっていたらしい。

 そのうち、二人に、うわっ、と驚かれてしまった。

「あっ、く、黒岩さんっ」
と万千湖が立ち上がる。

 黒岩さん? この人がか、と男が言った。

 自分のことを知っているらしい。

 万千湖が遅れて立ち上がったその男に自分を紹介する。

「課長、太陽と海の元プロデューサー、黒岩さんです。
 黒岩さん、……えーと。
 私と見合いしてくださった小鳥遊課長です」

 そう言いながら、万千湖は照れた。

 黒岩は、突然、娘に、
「お父さん、私、この人と結婚するの」
と言われた父親のように戸惑い、

「ああ……例の詐欺師の」
と心の中で思ったままをしゃべってしまった。
 


 万千湖たちの前に、いきなり現れ、駿佑を詐欺師呼ばわりした黒岩は、まだ驚いたように駿佑を見ながら言ってきた。

「すみません。
 ちょっと驚いてしまって。

 マチカ……万千湖が、見合いをした相手と家を買うとか言うから、お前、それは詐欺だろと言ってたんですが。

 今、あなたを見て、これは必ず詐欺だ、と思ってしまって」

 黒岩さん……。
 すみません、と言ったわりには、なにも訂正してません。

 むしろ、断定してます……。

 黒岩は、見るからにエリートでイケメンな駿佑を見て、こんな男が万千湖といるのはおかしいっ、と思ったようだった。

 そこで、黒岩はカメラを探すように辺りを見回しはじめる。

 ……ドッキリでもありません。
 私はすでに一般人です。

 カメラもない。
 ドッキリでもないようだ、と判断したらしい黒岩は駿佑に向き直り言った。

「小鳥遊さん、万千湖は……」

 そこで黒岩は黙る。

 駿佑に万千湖を勧めるために、なにか褒めようとしたが、思いつかなかったようだ。

 実は黒岩の頭の中では昨日思い出していたトーテムポールなどがよぎっていたので、褒めどころがなかったのだが、そんなことは万千湖にはわからない。

「万千湖は……

 万千湖には……

 万千湖にも、なにかいいところがあります。

 よろしくお願いいたします」

 黒岩は深々と頭を下げてくれた。

 万千湖は、うるっと来ながらも、

 そのなにかいいところ、ひとつくらい思いついてください……と思っていた。

 まあ、こうして、とっさに思いつくところもないのに、こんなに親身になってくれているわけだから。

 こんなにありがたいこともないのだが……。

「いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
と駿佑は頭を下げる。

 ところで、この二人はなにをよろしくお願いし合っているんだろうな……。

 これからもうちの子と仲良くしてやってください、という幼稚園や小学校のママ的な挨拶か。

 それとも、よろしく一緒に家を建ててやってくださいなのか。

 黒岩はもちろん、二人で家を建てるのだから、いずれ結婚するのだろうと思っていたし。

 駿佑はそんな黒岩の思いを察していたが。

 万千湖はなにも察してはいなかった。

 駿佑が黒岩に言う。

「今日は白雪さんにお弁当を作ってもらったんですよ。
 でも、公園で食べるのはちょっと寒かったですね」

 実は駿佑は、万千湖に節約弁当を作ってきてもらうために、
「たまには公園で弁当とか食べるのもいいな」
と話を持ちかけていたのだ。

 公園で食べたいだけで。
 お前の弁当を早く食べてみたいとか言うわけじゃないぞ、という雰囲気を漂わせて。

「あっ、そうですね~」
と軽く返事をした万千湖は、暖かい部屋の中でメッセージを打ち返していたので、すでにかなり冷え込む季節だということは頭になかった。

「そうですか。
 万千湖が弁当を」

 大人になったな、万千湖、という感じで、しみじみと黒岩が言う。

「これですっ。
 黒岩さんもいかがですかっ?」
と万千湖はまだ食べ始めたばかりの弁当を差し出した。

 彩り鮮やかな可愛らしい弁当ではあるが。

 可愛らしいカップに入っているサラダやすごく形の整っているミニハンバーグはどう見ても、冷凍食品だった。

 弁当箱の中身を凝視したまま、黒岩が言う。

「……すみません」

「いやっ、なに謝ってるんですか~っ」

 朝から、一生懸命詰めたんですよ~っ、と万千湖は叫んだ。

 最近は自然解凍の冷凍食品が多くて、チン、すらしていなかったからだ。

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