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ささやかなる見学会

ご近所さんにご挨拶まわりです

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「よかった。
 家あるんですね」

 しばらく走ったところに数件の家があった。

「まあ、この辺りくらいしかないみたいなんですけどね」
と言う業者の人と一緒に、まず、地区の会長さんのところに挨拶に行き、

「お若いのに、こんなところに住んでくださるなんて」
と感謝される。

「大根あげよう」
とたくさんの大根をいただいて、業者の人と分けた。

 だいたい、この辺まで回ったらいいというのを教えてもらって、次々挨拶して回る。

 何処も感じのいいお年寄りや年配の人で、
「まあよくこんな田舎に……。
 大根あげよう」
と感心されながら、大根をもらう。

 ……大根、今、あまっているのだろうか。

「……大歓迎されて、かえって不安になってきましたよ。
 大丈夫なのでしょうか、我々、こんな田舎に移り住んで」

 大根をたくさん抱えて、車に向かいながら、万千湖はそう呟いた。

「車でちょっと走ったら街ですが。
 年取ったら、運転もできないですよね。

 ……もし、倒れたりしたら。

 ああ、課長のお孫さんが運んでくださったりしますかね?」
とこの間の妄想のまま、万千湖は語って、業者の人に、

 あなたのお孫さんと、この人のお孫さんは違うのですかっ!?
という顔をされてしまった。
 


「この家で最後ですね」

 集落の端にある赤いお屋根の洋風なおうちの庭はとても広く。

 ちっちゃい子が遊ぶような木の遊具がたくさん置かれていた。

「いいですね、こういうの」
と万千湖は微笑む。

 庭でキャンプもできそうだし。

 土地が広いっていいな、と改めて思った。

 そのとき、スクーターがやってくる音がした。

 グリーンメタリックのカマキリみたいな顔つきのスクーターだった。

 庭先にそれをつけると、クーラーバッグを抱えた若い男が降りてくる。

 彼は、玄関に行こうとしていた万千湖たちにぺこりと頭を下げたあとで、ドアを開け、

「じいちゃん、外、お客さんいるよ~」
と家の人に声をかけてくれた。

「魚、ぼちぼち釣れ……」

 そう言いかけた彼は、ハッとなにかに気づいたように、こちらに戻ってくる。

 深く被っていた黒いヘルメットを跳ね上げ、万千湖たちの顔を見た。

「やっぱり! あのときの埠頭のっ」

 バイクの青年は埠頭で会ったあの新米警察官、田中洋平だった。

「お巡りさんじゃないですかっ」
と叫んだ万千湖に、洋平は笑って、手を打つ。

「いや、そうですよねっ?
 あのとき心中した人たちですよねっ!?」

 いや、心中してたら、今、ここにはいません……。

 気づいたようで、洋平は言い直した。

「あっ、すみませんっ。
 縄で手首を縛り合ってた人たちですよねっ?」

 ……お巡りさん、私たち、ここ住めなくなるんで。

 万千湖は思っていた。

 今、出てきたおじいさんとおばあさんに、聞かれていないといいな、と。


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