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ささやかなる同居

二人きりとか怖すぎるっ!

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 それぞれの家を案内したあと。
 外へ出て、みんなの車を見送る。

「急に静かになっちゃいましたね」

 ちょっと寂しげな万千湖のその呟きに、

 ……俺も静かになって欲しくなかったな、と駿佑は思っていた。

 なんで帰ってしまったんだ。
 純さん、比呂……。

 呼びかけてしまうのが、その二人なのは、他のメンツが残ると、結婚はどうなったんだとうるさいからだ。

 まだ道路の方を見ている万千湖が寒そうだったので、

「寒いな、入るな」
と言う。

「そうですね」
と中に入ろうとしたあとで、万千湖が、ん? という顔をした。

「今、入るなって言いました?」

 駿佑は表情を変えないまま、

「言うわけないだろう。
 寒いな、入るかって言ったんだ」
と言ったが。

 ほんとうは、心の声がダダ漏れてしまった自分に気づいていた。

 大丈夫だ、大丈夫だ。

 白雪と二人きりなんて、今までにも何度もあったじゃないか、とおのれに言い聞かせながら、万千湖とともに新居に入る。
 

 よし、ここでさりげなく、白雪とは離れよう。

 駿佑は、
「じゃあ」
と部屋に戻ろうとした。

 だが、万千湖が、
「いや~、ついに引っ越しも終わりましたね。
 課長、私の部屋、見てみます?」
と笑顔で言ってくる。

 ちょっと迷ったが、この先、あまり入ることもないかもな、と思い、言った。

「そうだな。
 すぐに見ます? とかお前が言えるの、今だけだろうしな」

「……えーと。
 一週間くらいは綺麗なままだと思いますよ?」

 万千湖はそう苦笑いしながら、どうぞ~と万千湖の住まいの方の扉を開ける。

「ほう。
 いい感じじゃないか」

 落ち着いた調度品で整えられたリビングを眺め、駿佑は言ったが、よく考えたら、プロが揃えた物そのままなので当たり前だった。

 窓の外を見て、
「やはり、庭をどうにかしないと、ここからの眺めも殺風景すぎるな」
と呟いた駿佑は窓際に寄ろうとした。

 だが、ペキ、とスリッパの下で音がする。

 なんだ? と屈んで見ると、ちょっと端が折れてしまった、ちっちゃな、まつぼっくりだった。

 それを拾いながら、駿佑は叫ぶ。

「また、まつぼっくりかっ。
 マンションから運んできたのかっ」
と言うと、万千湖は、そんな莫迦なっ、という顔をする。

「なんか飼ってんのか、お前はっ。
 リスとかかっ。

 っていうか、お前がリスかっ!?」

 駿佑の頭の中で、万千湖リスが森から、まつぼっくりを運んで来て、カリカリ齧っていた。

 すると、そのあとには、エビフライが落ちている。

 『森のエビフライ』と呼ばれるものだ。

 リスがまつぼっくりをカリカリやったあとの食べ残しが、エビフライそっくりなのだそうだ。

 今、目の前にいる万千湖リスは、まつぼっくりをカリカリやらずに、駿佑の手にある、まつぼっくりをマジマジと眺めていた。

「どうして、片付けても引っ越しても、まつぼっくりが……。
 なにかの呪いですかね……?」

 呪いのモデルハウス? と呟く万千湖に言う。

「呪われるの早すぎだろ。
 建ったばっかりだぞっ。

 っていうか、お前がまつぼっくりに呪われてんだろっ」

 自分で言いながら、まつぼっくりに呪われるってなんだ? とは思っていたのだが……。

 実は、まつぼっくり移動事件の真相は単純で。

 そもそも、万千湖は、まつぼっくりをゴミ箱に捨てたつもりだったが。

 遠くから投げ入れたので入っておらず、転がっていて。

 手伝いに来た万千湖母がそれを踏んで、
「なによ、これ、痛いじゃないの」
とダンボールの上に置いた。

 ゴミ箱ももう運び出されていてなかったからだ。

 そこにダンボールを運んでいた純がやってきた。

 積まれたダンボールの上に置かれいる、まつぼっくりを見、

 インテリアかな? と思った。

 万千湖が100均で買ってきたのに違いない、と思ったのだ。

 几帳面な純は、それを丁寧に梱包して他の荷物に突っ込み。

 こちらで荷物を開封したとき、何処に置くのかわからなかったので、リビングの棚に置いた。

 それを駆け回る比呂が落としただけだったのだが。

 その過程を知らない二人にとっては『何処に行ってもついて来る、まつぼっくり』になり、ちょっとしたホラーだった。

 そして、まつぼっくりは、結局、このときも捨てられず。

 駿佑は、小さな暖炉の上にそれを置いた。

 そのままずっと、このまつぼっくりは、何十年とこの家に存在するまつぼっくりになるのだが、このときの二人はまだそのことを知らなかった。


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