1 / 73
ケダモノを買いました
結婚するんだ
しおりを挟む「結婚するんだ」
「え? 誰がですか?」
佐野明日実は祖父の代から通っているお店の、大好きなポトフを食べかけた手を止める。
顕人は、
「俺だよ」
と言ったあとで、振り返り、二杯目は違うワインを頼んでいた。
「お前もいるか?」
と振り返り訊いてくるので、
「いえ、いりません」
と言った声は、びっくりするくらい普段通りだった。
心配そうに顕人がこちらを見る。
「お前を残していくことだけが、気がかりだが」
と顕人は、貴方、私の親ですか、と問いたくなるようなことを言ってくる。
相変わらず整った顔だ。
家が近所だったせいもあり、小さなときから、少々抜けている自分をずっと見守ってきてくれた従兄の顕人。
この顔を間近に見てきたせいか。
どうしても、理想が高くなり、今まで恋人のひとりも出来ないできた。
「式は来月だ」
「早いですね」
まさか。
おにいさまともあろうお方が、いわゆるできちゃった婚とか?
そんな間抜けなことをやらかすようには見えないが。
まあ、おにいさまも男の方だから、うっかりということもあるのだろうか。
……あるのか?
っていうか、うっかりってなんだろうな?
誰とも付き合ったことのない明日実には、なにをどう、うっかりしたら、子供が出来たり、出来なかったりするのか、いまいちわかってはいなかった。
そんなことを考えながら、顕人の話を聞き流し、機械的にポトフを口へと運んでいたのだが。
どうしたことだろう。
産まれて初めてのことだが、このポトフを食べて、味がしない。
シェフが味をつけ忘れたのだろうか。
いや、確かさっきまでついていた。
何処かからマジシャンが現れて、それっ、とばかりに、私の皿を気づかぬうちに取り替えたのだろうか。
もしも、顕人に頭の中の中が覗けるのなら、今こそ、
「大丈夫か?」
と言われそうなことを考えていた。
まさか、頭の中が読めたわけではあるまいが、顕人は、
「本当にお前のことが心配だが……」
とまた繰り返す。
「まあ、この春からお前も社会人だし。
俺も結婚したら、海外に行くしな」
ええええええっ。
海外っ!?
聞いてませんっ!
明日実の頭の中では、何故か、顕人がもふもふの毛皮のついた服を着て、ピラミッドの前に立ち、現地の妻の肩を抱いて、ニーハオと言っていた。
相当動転しているらしい、と自分で思った。
「頑張れよ、明日実」
と顕人が自分を見つめる。
「これを」
と顕人は、綺麗に飾られた小さな箱を出してきた。
「就職祝いだ。
薬指にはつけるなよ。
男が寄ってこなくなるぞ」
少し寂しそうに笑って、顕人がそれを渡してくる。
「……あ、ありがとうごさいます。
開けていいですか?」
うん、と顕人は言う。
中には可愛いダイヤが三つ並んだ指輪が入っていた。
なんとなく、こういうシーンを想像していた。
顕人と食事に行って、彼が指輪を渡してくれる。
いや、その通りなのだが。
現実には、顕人は別の人と結婚し、この指輪は就職祝い……。
っていうか、その花嫁さんへの指輪を買いに行ったときについでに買ったんじゃありません? これーっ!
お、手頃な指輪が。
ま、これでいいか、ってな感じで。
『いいんじゃないですか?』
妄想の中、顕人の側にはショートヘアで、顔はのっぺらぼうの女が立っている。
のっぺらぼうなのは、顕人に似合う女というのが、ぱっと思い浮かばなかったからだろう。
表情は見えないのに、何故か、女が勝ち誇っているように見えた。
そりゃそうだ。
おにいさまほどの人と結婚するのだから。
……しかし、なんか腹立ってきたな、と思う。
その女にではない。
顕人に、だ。
あれだけべったり一緒だったのに、何故、今まで、決まった相手が居ることを知らせてくれなかったのか。
そりゃ、こっちも、此処のところ、卒論、卒業旅行、入社の準備とバタバタしてはいたけれど。
可愛いが、所詮、おまけの指輪か、と明日実は蓋を閉めた。
「明日実……」
顔を上げた明日実は、心配そうに呼びかけてくる顕人に向かい言った。
「おにいさま。
心配なさらないでください。
私、もうおにいさまが居なくても大丈夫です。
だって、私にも決まった人が……」
え? という顔を顕人はした。
ちょうどその男がすぐ側を通るところだった。
実は、さっきからどうも気になって、目で追っていたのだ。
明日実は、運良くか悪くか、程よく真横を通ったその男の腕を、飛んで火に入る夏の虫っとばかりに、むんずとつかんだ。
「私っ、この方と結婚するんですっ!」
間があった。
「……誰が?」
と顕人が問うてきた。
「私が」
「誰と?」
と問うたのは、その男だったが、動転している顕人は気づかなかったようだ。
「この人とですっ」
と明日実は、逃すまいと腕をつかんだまま、男の背を押し、顕人に向かって突き出した。
一拍置いて、顕人が立ち上がる。
「誰なんだっ、その男はっ。
明日実っ!」
客も、ちょうど挨拶に回っていた顔なじみのシェフも振り返る。
いや……誰なんでしょうねえ、とちょっとだけ正気に返った明日実は、はは、と苦笑いしながら、おそるおそる男の顔を見た。
どうも何処かで見た気がするその男は溜息をついてはいたが、手を振りほどいたりはしなかった。
……どうかしていたとしか思えない。
17
あなたにおすすめの小説
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
ヒロインになれませんが。
橘しづき
恋愛
安西朱里、二十七歳。
顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。 そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。
イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。
全然上手くいかなくて、何かがおかしい??
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
楓乃めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる