ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

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ケダモノは、やはりケダモノでした

ご旅行ですか?

 

「お前、昨日はよく眠れただろう」

 起きた瞬間、貴継の顔が目の前にあって、びくっとしてしまった明日実に、貴継はそう訊いてくる。

 やっぱり、ちょっと不機嫌そうだった。

 はは、と苦笑いした明日実は、
「すみません。
 ありがとうございます」
とまた謝り、礼を言ったあとで、だから何故、私が謝らなければならんのだ、と思っていた。

 貴継はベッドから出るなり、
「俺は寝られなかった。
 ペコペコ詫びろ」
と言ってくる。

「す、すみません。
 出張なのに」
とそこは素直にペコペコ詫びると、

「いい。
 新幹線で寝るから」
と言いながら、出て行こうとした貴継はドアのところで振り返る。

「夕べ入りそびれたから、今から風呂に入ってくる。
 お前は荷物でもまとめてろ」

「えーっ」

 ほんとに今日、家に居ちゃいけないのか、と思っていると、
「じゃあ、支度せずに暇なら、背中を流せ」
と言われたので、

「いっ、今から支度しまーすっ」
と慌てて、自室に逃げ込んだ。
 


 貴継と荷物を抱え、マンションの一階に下りると、管理人のおじいさんと出会った。

 元警察官とかいう、ちょっと厳しい感じのおじいさんで、挨拶するくらいしか話したことはなかったのだが。

「おや、ご旅行ですか?」
とそのおじいさんが、にこやかに貴継に話しかけてくる。

「ちょっと出張で」
と貴継があの人当たりがいい方の顔で答えると、

「そうですか、
 ご主人が出張じゃ寂しいでしょう」
とおじいさんがこちらを見て言う。

 ご主人?

「ですから、私が居ない間は実家にでも行かせておこうかと」
と貴継は、なにやら当たり前のように返事をし、談笑している。

 いやいやいや。
 その人ご主人じゃないんですけどっ、と思いながらも、和やかに続いている会話に割り込むのもな、と思い、明日実は黙っていた。

「留守の間、よろしくお願いします」
と笑顔で貴継は言うが、その眉間の辺りから、変な念のようなものを感じていた。

 頼むぞ。
 誰かが無断で家に入り込んだりしないように。

 顕人とか顕人とか、顕人とか……。

 ……と聞こえてくる気がするのは、気のせいだろうか。

 三人で、というか、ほぼ、貴継と管理人のおじいさんで話しているうちに、呼んでいたタクシーが来た。

 今日は車は置いて出るので、駅までタクシーだ。

「そうですか。

 じゃあ、普段はこちらには。
 まあ、大丈夫ですよ、二台分くらいは空きがありますから」
となにやら貴継と話していた管理人さんが、

「おお、タクシーが来ましたね。
 お気をつけて」
と玄関前を振り向く。

 いってらっしゃい、と管理人さんに見送られ、明日実はタクシーの中から、ぺこりと頭を下げた。

 貴継も横で頭を下げている。

 うう、なんか。
 ご主人っぽいな、っていうか、夫婦っぽいな、こういうの。

 だが、駅までの短い時間、ちょっと考えていた。

 夕べ、無理強いせず、ヨシヨシしてくれた貴継は嫌いではなかったな、と。

「早めに着くだろうから、近くの喫茶店ででも、なにか食べろ」

 朝、急いで出たので、まだなにも食べていなかった。
 貴継は新幹線で食べると言う。

「いや、待て。
 ガラス張りの店には行くなよ」
と言ってくるので、

「なんでですか?」
と言ったが、

「なんででもだ」
と言われる。

 二人で駅で降りたが、時間が違うので、今日は、あの女子高生たちは居なかった。

 朝早いと、まだちょっと寒いなー、と思いながら、明日実はスプリングコートの前をかき合わせる。

 振り返った貴継が少し笑ってこちらを見ていた。


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