仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ

文字の大きさ
16 / 51
降ってきた死体

探索 I

しおりを挟む


 その場を解散し、晴比古は陸と深鈴と階段を上がっていた。

 深鈴が、
「ちょっと事件を整理してみましょうか」
と言ったとき、上からまた、あのOL軍団がやってきた。

「どうした?
 お友達はまだ見つかっていないが、今日はもう寝ろ。

 絶対に俺たちが見つけてやる」

 そう晴比古が言うと、彼女らは涙ぐむ。

「早希、この旅でなにか私たちを驚かすことがあるって言ってました。

 なんだったのか、わからないまま。
 こんなの嫌です……」

「驚かすこと?
 なにか準備してる風だったか?」
と問うと、

「わからないです。
 ずっと一緒に動いてるわけじゃないから、私たち」

 車の移動は共にしていても、買い物や観光などはバラバラに動いていたのだと言う。

 それぞれ行きたい場所が違うから。

 彼女らはお願いします、と頭を下げ、階段を下りていく。

 眠れないので、自動販売機になにか買いに行くと言っていた。

「気をつけろよ」
と晴比古が言うと、はい、と素直な返事が返ってきた。

 彼女らを見送り、溜息をつく。

「なんかさ。
 うるさいOL軍団として、ひとくくりでしか見てなかったが、それぞれの人生があるんだよな。

 当たり前だが」

「ほんと、当たり前ですよ、先生。
 ……もう一度、見回りに行きましょうか」
と言われ、うん? と深鈴を見る。

「あの人たちのあんな顔見てたら、やっぱり眠れません。
 もう一度、辺りを見て回りましょう」

 わかったと、と言うと、陸も、
「僕も行きます」
と言う。

「じゃ、支度をして、十五分後に先生の部屋の前で」
と深鈴が言うので、

「待て。
 十五分もなんの支度をする気だ」
と言うと、

「え?
 懐中電灯とか。

 あと着替えたり」
と言う。

「何処まで行く気だ、お前は。
 樹海は無理だぞ」
と言うと、はあい、と残念そうに言っていた。

 いっそ、ちりんちりんと何処かから聞こえて来ないだろうかな、と晴比古は思う。

 自分たちを真実へと導くように。

 深鈴たちと別れたあと、死体が降ってきた空き部屋の扉をそっと開けて窺う。

 中に入ったら警察に怒られそうだな、と思いながら。

 室内に荒らされた形跡はなく、遺体が落ちた窓は、今は閉まったままだった。



 もう遅いので、志貴たちも此処に泊まることになった。

 中本と別れた志貴が部屋に入ると、暗がりに誰かが居た。

 椅子に腰掛けている。

「疑われてるじゃないの、志貴」
 月明かりの中、亮灯が立ち上がった。

「これじゃ、予定と逆じゃない」
と言われ、

「すまん」
と志貴は謝る。

「ともかくもうボロ出さないようにしてよね」

「……仏眼探偵って、手を握らないとなにもわからないと聞いていたのに」

 鋭い、ともらす志貴を亮灯は鼻で笑う。

 情けないことを言うなと思っているのだろう。

 女たちの話し声がドアの向こうを通り過ぎていくのが聞こえた。

 亮灯は顔を上げ、
「戻るわ、みんなところに。
 疑われると困るから」
と言った。

「その仏眼探偵は、これから夜の散策をするようよ。
 合流するもよし、知らんぷりして寝るもよし――」

 そのとき、誰かがドアをノックした。

 まさか、今の一団が戻ってきたのか? と志貴は身構える。



「本当に懐中電灯持ってきたのか」

 時刻通り、晴比古の部屋の前に現れた深鈴の手には、しっかり大きな懐中電灯が握られていた。

「いけませんか?」
「それ、部屋のやつだよな」

 各部屋に備え付けられている懐中電灯のようだった。
 古いせいか、結構ごつくて大きい。

「陸さん、遅いですね」
と深鈴は辺りを見回している。

「しょうがない。
 迎えに行くか」
と晴比古たちが陸の部屋に向かおうとしたとき、志貴が来た。

「何処に行かれるんですか?」
と訊いてくる。

「いや、深鈴がやはり、このまま眠るのは抵抗があるって言うんで、ちょっと見回ろうかと」

「先生だって、ほんとは一人でも回る気だったくせに」

 さすが、よくわかっているようだった。

「そうだ。
 寝てるみんなの手を握って回ってはどうでしょう」

「……不法侵入だろう」
と言ったとき、志貴が、

「僕も行きますよ。
 中本さんにも声かけてみます」
と言ってきた。

「貴方がたが起きているのに、我々だけ寝てはいられませんから」

「ああ、いえ、いいですよ、別に」

 深鈴は悪いと思ってか、断っていたが、志貴も落ち着かないのだろうと思い、

「じゃあ、俺たちは、陸を呼んでから、ぐるっと館内を回るから、気が向いたら、合流してくれてもいいし。

 中本刑事と別に回ってくれててもいいから」
と晴比古は言った。

「わかりました」

「だから、なんで、先生が仕切るんですか。
 ねえ、志貴さん」
と深鈴は言ったが、志貴は相変わらず、人の良さそうな顔で笑っているだけだった。

「じゃあ、後でな」
と言うと、志貴は、

「わかりました」
と素敵な笑顔を残していく。

 晴比古はちらと深鈴を見て言った。

「お前、本当に志貴にビビらないな。
 俺だって、あいつに間近に見られると、どきっとするのに」
ともらすと、真顔で、

「……先生、大丈夫ですか?」
と心配される。

 そういう趣味が、という目で見られていた。

「そうじゃない、そうじゃない」
と慌てて否定する。

 深鈴はひとつ溜息をつき、
「なんかときめかないんですよね、志貴さんには。
 それに、もともと私は顔には惑わされない人間なんですよ」

 まあ、人は己れにないものを求めるというから、深鈴的には、相手が美形でなくともいいと言うことだろうか、と思っていると、

「だから、先生の助手も出来るんですよ」
と深鈴は言い出した。

「先生、今までの助手の方は、先生に間近で話しかけられても平気だったんですか?」

「お前の前に助手は居ない。
 お前の後にも助手は居ない」

「なにかの詩みたいなこと言わないでくださいよ」

「いや、あんな妙な張り紙見て、来てくれるのは、小学生とお前くらいだ」

「小学生は来たんですね」
 屈託無く笑う深鈴にどきりとしていた。

「先生」
「なんだ?」

 思わず緊張して答えたが、
「通り過ぎてます。
 陸さんの部屋は確か此処です」
とただの業務連絡のような言葉が返ってきた。

 深鈴は灯りのついていない懐中電灯で、ドアを示している。

「開けたら、死体になってたりしてな」

 そんなこともないだろうと思い、軽く言ったみたが、
「また縁起でもない」
と深鈴は自分をたしなめ、ドアをノックする。

「陸さーん、行きますけど。
 どうされますかー?」

 深鈴の呼びかけにも、返事はない。

「寝てんのか?
 ……開けてみるか」

「死体になってたら困りますもんね」

 縁起でもないと言ったくせに、さらりとそう言い、深鈴はノブに手をかけた。

「手袋やって開けた方がいいですかね」

「お前、その設定だと、確実に、陸、殺されてるだろう」

 陸の部屋に、鍵はかかっていなかった。

「陸さーん」
と深鈴が呼びかける。

 返事はない。

 部屋は真っ暗だったので、灯りはつけてみた。

 雰囲気ある間接照明しかないのだが、何処かに隠れていたら、さすがにわかる。

 陸は此処には居ないようだった。

「変ですね~。
 先に下りちゃったのかな」

「物騒な奴だな、鍵かけとけよ。
 こんなときなのに」
と言って、

「先生は鍵かけてますか?」
と言われる。

「俺は探偵だからいいんだ。
 深鈴は?」

「じゃあ、私は助手だからいいんです」

「……かけとけよ、女なんだから、違う意味で」

「嘘ですよ、かけてますよ。
 じゃあ、何処から回りましょうかね」

「三階も見てみるか。
 三階は空き部屋と例の老夫婦。

 それと、死んだ女の部屋か」

「早く身許がわかるといいですね」

「偽名な上に、所持していた荷物にも、なにも身許を証明するものがなかったようだからな。

 ……自殺するときって、そんなもんか?

 いや、城島さんが言っていたように、彼女が自殺しに此処に来たから、偽名を使っていたというのが正解ならの話だが」

 偽名ねえ、と懐中電灯を持っていない方の手を、名探偵よろしく顎にやった深鈴は呟き、

「私なら、なにか犯罪を犯す前に使いますけどね、偽名」
と言った。

「この樹海のホテルでなんの犯罪を犯すんだ?」

「……殺人とか?」

 予告状も来てたことですし、と言う。

「死んでんじゃねえか、本人が」

「だから、殺そうとして、逆にやられたんじゃないですか?
 先生に予告状出して、偽名で此処に宿泊したんですよ。

 でも、逆に殺したい相手に殺されてしまった。

 ……そういえば、先生の方、ちらちらと窺っていたような。
 此処へ来るときも見たような気がしますし」

 深鈴、と溜息をついて言った。

「俺の方見てたのは、単に、お前が俺が探偵だとバラしたから、物珍しくて見てたんじゃないのか?

 来るとき見た気がするのは、単に、あの女も此処に宿泊するために来るところだったからだ」

 そうなんですかね~、と深鈴は不満げだ。

「これでもう事件解決だと思ったのに」

「待て。
 それが真実だったとしても、あの被害者の女性は殺されてるんだ。

 その犯人を探さないといけないだろうが」

「向こうが殺そうとしたのなら、正当防衛ですよ」

「正当防衛だろうが、なんだろうが、殺人は殺人だろ」

「そりゃそうですけど」
「なんだか早く結論つけたがってるみたいだな」

「だって、事件がもう起こらない方がいいじゃないですか。
 この中の誰も死なない方がいいです」
と干からびた死体を見たときと同じことを言う。

「先生、あの被害者女性の手を握ってみてくださいよ」

 そう言われ、あの死体が落ちてきたときのことを思い出してしまう。

 彼女はこちらに向かい、縛られた両手を差し出してきた。

 まるで、自分に、罪を暴けとでも言っているかのように。

 ああいうときは、世界に自分と相手の手しかないように感じられる。

 他から隔絶された世界に吸い込まれるような感覚に襲われて。

 そんなことを考えながら、上の階の見回りを終えた。

 とは言っても、宿泊客のある部屋に入ることはできないので、空き部屋やリネン室などしか見られなかったのだが。

「三階も二階も異常はないですね」
と深鈴が言った。

「後は一階か」

 深鈴は腕時計を確認し、
「もう遅いので、あんまり音立てられないですね。
 さすがに、OLさんたちも静かになってるし」
と彼女らの部屋を見る。

 全員が同じ部屋ではなく、何部屋かに分かれて泊まっているようだった。

 まあ、静かだからと言って、眠れているとは限らないが。

 なかなかそういう気分にはなれないだろうし。

 一階に下り、食堂を見たあとで、厨房に向かった。

 そんなに大人数が宿泊できるようなホテルではないので、普通のキッチンより、少し大きいくらいだ。

 深鈴は棚にある大きな鍋の中を覗いている。

「入るか。
 猫じゃないんだから」
と晴比古は言った。

「猫はこういうとこ、好きですよね。
 あと、壺の中とか、コタツとか。

 冷蔵庫……はないか」
と深鈴は大きな白い冷蔵庫を見て言う。

「だから、探してんの、猫じゃねえだろ。
 そんなとこ入ってたら、死んでるし」

「寝てるのかもしれませんよ。
 それこそ、猫みたいに」

 また、暇なことを、と言いかけ、ん? と見る。

 冷蔵庫の前まで行って気づいた。

 足許の床が濡れている。

 深鈴はまだキョロキョロと辺りを探していた。

「なに見てる?」

「いえ、やっぱり、厨房がいろんなものがあって、隠れやすそうだなと」

「隠れやすそうならいいが、隠しやすそうでもあるな」

 そう床を見て呟くと、
「どうかしましたか?」
と深鈴が側に来る。

「床が冷たい」

 晴比古は冷蔵庫のドアを開けた。

 上が冷蔵のようだ。
 中にぎっしり物が押し込まれている。

 何故か、村指定のゴミ袋まで。

「……冷凍食品が入ってるな」

 そう言うと、深鈴は慌ててしゃがみ、下の扉を開けた。

 すると、ごろん、と中から男が転がり出てくる。

「陸さんっ」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

25年目の真実

yuzu
ミステリー
結婚して25年。娘1人、夫婦2人の3人家族で幸せ……の筈だった。 明かされた真実に戸惑いながらも、愛を取り戻す夫婦の話。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...