仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ

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樹海に沈む死体

手を握ってください……

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「城島さん……」
と晴比古はどう言っていいかわからず、ただそう呼びかける。

 確かに、他の選択肢はない気はしていたが。

 城島はそのまま、逃げずにそこに居た。

「先生、城島さんの手を握ってください」

 亮灯の言葉に、城島は、ふっと笑って、手を出そうとした。

 だが、言った亮灯がそれを止める。

「やっぱりいいです」

「そうですね」
と城島は言った。

「私が自分で話します。
 亮灯さん、貴女の別荘に押し入ったのは私たちです。

 ご家族を殺したのも」

 何故、亮灯が自分に手を握るなと言ったのかわかっていた。

 亮灯は早希の手を掴み、殺人現場とそのときの彼女の感情を見て、倒れそうになった自分を見ている。

 心配してそう言ってくれたのだろう。

「どうぞ、亮灯さん。
 私を殺してください。

 そして、樹海の奥にでも捨ててください」

「……出来ません」
 亮灯はそう言った。

 亮灯、と志貴が見下ろす。

「出来ません。
 私、城島さんを殺せません。

 此処に来たときから、嫌な予感してたんです。

 私、貴方を殺せないんじゃないかって。

 だいたい、城島さん、貴方、本当に私の家族を殺したんですか?」

「はい」

 亮灯は唇を噛み締める。

 城島は亮灯に言った。

「貴女は私たちの顔を見ていた。
 だから、うちのホームページで私の顔を見て気づいたんですよね」

「何故、そうなるかもしれないことがわかっていて、顔を晒してたんですか。

 いえ、それ以前に。
 何故、私が見ていたと知ってるんですか?」

「貴女が私たちが居る間に帰ってきて、隠れていたのを知っていたからです」

「じゃあ、なんで、私を逃したんですかっ。
 城島さんは、本当は殺してないんじゃないですか?

 だから、別の被害者遺族と一緒に居るんじゃないですか?」

「いいえ。
 私は貴方の弟を殺しました」

 亮灯はその場にしゃがみ込む。

「騒がれたので、やれと言われて、殺しました。
 でも、一人殺して、もう疲れたので、貴女のことは見逃しました」

 亮灯さん、と城島は彼女を見下ろして言った。

「どうぞ、私を殺してください」

 亮灯は座ったまま動かなかった。

 もう悪い予感しかしないと言った亮灯。

 わかっていたのだ。

 亮灯は、自分がもう彼を殺せないとわかっていたのだ。

 別の被害者家族と仲良く暮らしている彼を見て。

 晴比古は、志貴に目で合図する。

 縄を外せと。

 志貴は、ひとつ溜息をついたあと、そっと移動して、縄を解いてくれた。

 晴比古は、後ろ手を組んでいる城島の指先に触れてみた。

 その瞬間見えた。

 惨劇の起こったあとの別荘が。

 そして、城島の想いが。

 窓の外から覗いている制服姿の少女。

 震える亮灯を、城島は、ガラス越しにはっきりと見ていた。

 だが、それを自分の仲間に教えることはしなかった。

「先生っ」

 こちらに気づいた亮灯が立ち上がり、駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 この間から感じるようになった殺人現場での犯人の強烈な思念。

 それは強く心を蝕む。

「ありがとう」
と自分の肩に触れてくる亮灯の手を叩く。

「でも、離してくれ。
 命が危ないから。

 ――俺の」

 まだボウガンを持っている志貴が側に居るからっ、と叫びたかった。

「綾坂さんに帰るように言いましょう」
と城島は携帯を取り出す。

 どうして、犯人が、此処に被害者と居るのかがわからない。

 そういう言い方を、さっき、志貴はした。

 まず、あのホテルに被害者の方が居て、そこに犯人が来た感じだった。

 ならば、あのホテルの女主人、綾坂が被害者なのかもしれないと、あのとき思った。

「でっかいですね」
と晴比古がその偉く旧式な感じのする携帯を見て言うと、

「衛星電話です。

 ――冗談です。

 此処、電波通じます」
と城島は空気を和らげるように、笑ってみせた。



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