異世界に来てもチートな能力ないんですが、なんとなく魔王様の嫁になりました

菱沼あゆ

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エミリ、トマトで英雄になろうとする

食べてみようと思います

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「私、あの赤い実、食べてみようと思います」
 そうエミリは言った。

 魔王は、人間の王から送られてきた姫、エミリのその透徹とした瞳に感動していた。

 その目はまっすぐ、あの赤い実を見つめている。

 この娘、美しいだけではない、と魔王は思っていたが。

 エミリに美しいだけではない、なにがあるのかと問われたら。

 『食い意地が張っている』ということくらいしかない気がするのだが――。

「エミリよ。
 私が食べてみよう」

 花嫁にそんな危険な真似はさせられぬからな。

 そう思いながら、魔王が言うと、
「魔王様っ」
とレオとアンジェラが叫んで止めようとする。

「なりませぬっ。
 魔王様になにかあったら、どうするのですっ」

 そのとき、
「魔王様」
さとすように、エミリが呼びかけてきた。

「ありがとうございます。
 でも、魔王様の身になにかあったら、みなが困ります」

 ……エミリよっ。
 なんという立派なことをっ。

 お前は、すでに我が妃としての心構えがあるのかっ、と魔王は感心していた。

「それに魔王様が試食されても、意味がないような気がいたします。

 先ほどからアンジェラ様が申しておられますように。
 魔族が食べてなんともなくとも、人間には毒、ということもございます」

 『様』とかつけないでください、恐れ多い、という顔をしながらも、エミリのその言葉にアンジェラは頷いていた。

 そこでレオが言う。

「それに、そもそもアンジェラの師匠はあの実を食べて気分が悪くなったのでしょう?
 魔族にとっても、あれは毒の実なのでは?」

 だが、エミリは、そこで少し考え、
「まあ、そうとも言い切れないですけどね」
と言った。

「そのお師匠様は青いうちに実を食べられたのでしょう?
 だから、毒があったのかもしれません。

 確か昔、理科か家庭科で習いましたよ。

 ジャガイモの芽の毒と似た構造の毒が青いトマトにはあると。

 ……えーと、トマチンとか言う。

 まあ、あれがほんとうにトマトならですが」

 なんだかわからないが、我々にはない知識を披露しているようだ。

 意外にすごいのかもしれん、この娘、と魔王はさらに感心して人間の姫を見る。

「我々の世界でもトマトは赤く毒々しいものとして、長く食べられていませんでした。
 でも、勇気ある最初のひとりが口にしたからこそ、ケチャップが生まれたのです」

 ……ケチャップとはなんだろうな。

 神々しいなにかだろうか、と迷いのないエミリの目を見ながら、魔王は思う。

「魔王様。
 私がこの世界で、トマトを食べる最初のひとりとなりましょう。

 みなの潤いある食卓のために――」

 そう重々しくエミリが宣言したとき、ひょいと若い人間の男が現れた。

 敷物を巻いて小脇に抱え、布袋をさげている。

「エミリじゃないか」
「ルーカス」

 誰なのだ、この男はっ、と魔王は突如、現れた商人風の男に衝撃を受ける。

 夫……になる予定の私より、エミリと親しげではないかっ。

「なにやってんだ? こんなところで」

「いや、今、あのミニトマトを命を賭けて食べようかと思って」

「なんで命賭けんだよ」
とルーカスは笑う。

「まあ、ちょっと採りにくい位置にあるよな。
 よし、俺が採ってきてやるよ」

 ルーカスと呼ばれた男は荷物を置くと、湖を周り、ひょいひょいと崖に登って、赤い実をもいできた。

「ほら、真っ赤なやつが、甘くて美味いぞ」

 そう言いながら、ルーカスはエミリの手にバラバラとその実を落とす。

「ルーカス、食べたことあるの?」

「ああ、旅してると、いろんなところで食料尽きたりするからな。
 水分のありそうな実なんかは結構食べたことがある」

「そのうち死ぬわよ」

 エミリはそう苦笑いしながらも、ありがとう、と礼を言っていた。

 おのれ、人間の色男めっ。
 この私がエミリに尊敬されるはずだったのにっ、と魔王はルーカスを呪う。

 その横でアンジェラが、
「おのれ、人間の色男めっ。
 魔女のこの私より知識があるとはっ」
と同じようにルーカスを呪っていた。

「いえいえ。
 アンジェラ様の知識は素晴らしいですよ」
とエミリは笑ったあとで、ポイと口に赤い実を入れてみせた。

「うわっ、青臭いっ。
 甘酸っぱっ」

 そう言いながらも笑っていた。

 艶やかな赤い実よりも鮮やかな笑顔だった――。


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