異世界に来てもチートな能力ないんですが、なんとなく魔王様の嫁になりました

菱沼あゆ

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エミリ、魔王の森に行ってみる

いざというときのために――

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 城に戻ったエミリは、魔王に交渉してみた。

「私の部屋に、穴を開けて、つるつるした棒を下まで通して欲しいのです」

 エミリが欲しかったのは、消防署に昔あった、アレだった。

 出動するとき、しゅるるるっと滑って下りていたとかいう棒だ。

「それは何のために必要なのだ」

「危険な人とかやってきたとき、逃げるためですかね……?」

 だが、大抵の危険な人物は最初からここにいた。

 いや、単に魔王様に襲われそうになったときのために欲しかったんですけどね、とエミリは思う。

 まあ、その脱出道具を魔王本人に作らせるというのもおかしな話なのだが――。


 魔王は、一応、エミリの言う通り、すべり棒を作ってくれた。

「まあ、私の留守中に、大事な花嫁が襲われたりしたら困るからな。

 人間が取り返しに来るかもしれないし。
 マーレクとか」

 マーレクはあなたに私を押し付けることはあっても、取りに来ることはないと思いますね。

「ルーカスとか」

 ルーカスは、お得意様にならない限り、すぐに私のことなんぞ忘れそうですよ。

 しばらくなにも買わなかったら、
「誰?」
とか笑顔で言ってきそうだ。

「ところで、これで下りると早いのか?」
とつるつるした銀の棒をつかんで、魔王は言う。

「……早くなかったから、消防署から消えた気がしますね」

「ところで、人間というのは、転移できぬのだったな」

「魔王様はできるのですか?」

 たまに、することあるな、と言いながら、丸く空いた穴から、下を見て魔王は言う。

「これを一番下まで下りるの、人間には結構な命懸けだと思うが。
 落下しかけて、転移もできないお前が使って大丈夫か」

 エミリはその穴を覗いてみたあとで、
「……やっぱり、いいです。
 すみません」
と言った。

 魔王は一瞬で、その穴と棒を消してくれた。

 便利だな、魔法。

 いつか習得したいものだ、とエミリは思った。


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