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おまけ
アリガトウゴザイマス……
しおりを挟む「あれ話せばよかったじゃないか、ほら。
お前が食洗機に向かって手を振ってて、中になにがいるんだと俺が思った話」
迎えに来てくれた高秀がそんなことを言い出す。
迎えにと言っても、歩いて迎えに来てくれたのだが。
高秀も高校の友人と近くのホテルで呑んでいたらしい。
結婚式の出し物の話などしていたようだ。
せっかくなので、二人で海岸を歩く。
嘉子は彼氏が迎えに来て、早々に帰ってしまっていた。
「あれは、食洗機に手を振ってたんじゃなくて。
これ、洗ったあとなのかな?
詰めてる途中? って思って、手を振って、食洗機内の温度を確かめようとしただけな……」
「俺は食洗機に手を振っているお前も好きだ」
なんてタイミングで愛を語ってくれるんです。
そんなこと言われたら、これからずっと、食洗機に向かって手を振らねばならないではないですかっ、と砂月は赤くなる。
「そ、そういえば、宮澤さん、お好み焼き屋さんをマンションのテナントに入れたいらしいですよ」
「うちのか?」
「はあ。
下にちょっとコンセプトのはっきりしないカフェがあるじゃないですか。
売り上げがいまいちなんで、もっとテナント料が安いところに出したいと言ってるらしいんです。
高秀先生のマンションの住人さん、飛翔の常連さん多いですし。
いっそ、下に入ってもらって、最新の設備で匂いも管理したらいいんじゃないかって。
目指せ、『お好み焼き屋に0秒のマンション』らしいです」
「……マンションの売り文句が変わってるな」
最初は確か――
『駅まで徒歩五分』
いや、誰が走ったんだ……。
宮澤さんかな?
『素晴らしい眺望』
まあ、当たってる。
『近距離に、
学校 病院
スーパー コンビニ 続々建設中」
……学校は続々建設されないと思うが。
あの妙な改行からいって、続々建設予定なのは、スーパーとコンビニだな、と砂月が思ったとき、高秀が言った。
「でも、もう完売してるだろ?」
「でも、売って出ていく人もいるし。
同じようなマンション近くにまた造るらしいですよ。
そのとき、こんな感じになりますって、高秀先生のマンション、見せるらしいです。
飛翔は新しい方に入ってもらってもいいんだけど。
にゃん太郎が移動しないだろうからって」
「……すべてが、にゃん太郎基準だな。
っていうか、お前、詳しいな」
そんなに宮澤さんと会ってるのか、と何故か問い詰められる。
「そういうわけではないですが」
と砂月は苦笑いして言った。
「そういえば、宮澤さんに、高秀先生、意外に独占欲強そうだから、気をつけた方がいいですよ、と言われました。
『もう首に鎖つけてるしっ!』って」
「……いや、ネックレスだろ」
と言われ、砂月は笑う。
高秀にネックレスをプレゼントされ、最近は、ずっとつけているのだ。
だが、もちろん。
高秀はそんな気が利くわけもなく。
母親に、アクセサリーのひとつもプレゼントしてないなんてっ、と言われて、ようやく気づいたらしいのだが。
でもまあ、そんなところも好きだ、と砂月は思う。
女性にマメな人は、他の女性にもマメそうですしね……。
「独占欲強いのは嫌か?」
と言いながら、高秀が手をつないでくる。
「い、今は嫌じゃないです」
照れてそう言ったのだが、高秀は、『今は』という言葉に、何故か、衝撃を受けていた。
「あー、いやいや。
たぶん、これからもずっとっ」
と慌てて付け足したが、
たぶんっ、とまた衝撃を受けている。
高秀先生ほどの方が、何故、私の言動にいちいちビビるのですか。
私の方が、先生がいつか他の人のところに行ってしまうんじゃっ、と焦らねばならない立場ですよっ? と砂月は思う。
「……喉乾きましたね。
なにか買って帰ります?」
話題をそらすように、砂月はそう言った。
「そうだな」
「あ、あの~。
手をつないだまま、コンビニ入るの、恥ずかしいんですけどっ」
「大丈夫だ。
入ったら、離す」
と言って、高秀は、より強くぎゅっと握ってくる。
「目を離したら、迷子になるかもしれないし」
こんなところで?
「そういえば、うちの親とか手をつないで歩いているカップルを見たら、あれは手を引いてもらわねば、一人で歩けないのかとか言うんですけど」
「俺も前までそう思っていたが。
今はつなぎたくなる気持ちがわかるな」
「あ、そういえば、おじいちゃんおばあちゃんで、つないで歩いている人、いますけど。
あれは可愛いですよね」
と言うと、高秀はふと思い出したように、
「可愛いで思い出した」
なにをですか?
にゃん太郎ですか?
タコの霊ですか?
イカの霊ですか?
むぎゅっと改札の機械に押しつけられているタツノオトシゴですか?
と思ったが、高秀はこちらを振り向き、大真面目な顔で言った。
「すまない。
朝から、お前のこと、可愛いと思ってたけど。
忙しくて、口には出してなかったかもしれない」
いや……。
そ、そうなんデスカ。
「ア、アリガトウ ゴザイマス……」
と砂月は何故かカタコトの言葉になりながら、照れて俯く。
コンビニの灯りが近づいてきた。
高秀が手を離しかけてやめる。
「……この辺り、もう一周してみるか」
「そ、そうですねっ」
「飲み物、自動販売機で買ったらいいんじゃないか?」
「そ、そうですねっ」
と二人で手を離さなくていい方法を考える――。
数日後の朝。
高秀と砂月の部屋を出ると、
「おはようございますっ」
と隣の部屋から出てきた錦が挨拶してきた。
「お、おはようございます」
結局、住んでる……。
下に降りるとおばさんのガーデンの横で、にゃん太郎とたわむれていた宮澤が、顔を上げ、
「おはようございます~」
と早朝なのに、挨拶してきた。
住んでるっ!?
大きい道に出ると、知っている声が遠くから聞こえてくる。
「もうっ、あなたとは無理よっ」
嘉子先生っ。
揉めてるっ!?
ってか、なんで、ここでっ?
そのまま、心配して、遠ざかりゆく嘉子先生と彼氏さんの姿を見ていると、二人唐突に笑い合い、見つめ合って歩き出した。
……仲直りしてる。
よ、よかった……。
「それでさー。
先生と砂月ちゃんが外に出てきたところで、みんなで歌歌おうかと思うんだけど、いい?」
常連のママさんたちがそんな話をしてくる。
結婚式のことのようだ。
「ありがとうございますっ」
「砂月ちゃん、結婚式は晴れ?」
「今のところ。
でも、長期の予報なので、まだ変わるかもしれないですけど。
あっ、そういえば、この間、テレビで、梅雨どきはカバが増水しやすいって言ってたんですけど、なんだったのかなって――」
「川だろ」
と言いながら、出てきた高秀が、
「よりたまさのぶちゃ~ん」
と呼ぶ。
「せんせー、俺、高校生です~っ」
と言いながら、いつかのイケメン高校生が待合室のベンチから立ち上がった。
「……宿題やってたのか」
と高秀は、その手元を見ながら言う。
「お前も英語の宿題で、レッドソックスを赤い靴下とか訳すのか」
「そんな莫迦なこと書きませんよっ」
うっ。
高秀は、チラと砂月の方を見ながら、
「お前は今、砂月からの愛を失った」
と言う。
「なんの話ですかっ。
待ってください、先生っ」
とよりたまさのぶくんは、診察室に入っていった高秀を追いかけていった。
「先生、おとなげない……」
と酒井が苦笑いする。
高秀先生の病院は、今日も平和だ――。
完
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