3 / 6
車ごと異世界転移していました
そこを料理名に入れろ……
しおりを挟むアーレクは本日のおすすめの下にあるメニューを読み上げた。
「『可愛いうさぎが住み着いている牧場のおじさんが絞った牛の乳と、赤いキノコがたくさん生えているおうちのおじさんが育てている季節の野菜を使って作ったシチュー』
……キノコのおじさん、また出てきてるじゃないか。
おじさん、野菜も育ててるのか。
というか、このシチュー。
毒キノコっぽい、赤いキノコが入ってそうに感じるんだが……。
そもそも季節の野菜ってなんだ」
肝心のことがのってない、とアーレクは眉をひそめる。
「それにしても、名前が長すぎて注文しにくいな。
もう少し短くしたらどうだ」
「でも、それがうちの売りなんですけど」
「いや、味を売りにしろ」
「そうですか。
では、ざっくり縮めて――、
『可愛いおじさんが作ったシチュー』で」
「……おじさんがシチューを作ってしまっているじゃないか」
お前は縮める場所を間違っている、とアーレクは言った。
「うーん。
でもまあ、『森の妖精さんが作った十二月のケーキ』も妖精さんが作ってるわけじゃないと思いますけどね」
と言うクリスティアについ、
「森の妖精さんやお前は可愛いが。
おじさんだと可愛くないだろうっ」
と言ってしまった。
はっ、本人に向かって、可愛いとか。
私としたことがっ。
まるで、この娘に好意を抱いているみたいではないかっ、とアーレクは焦ったが、クリスティアはまったく気にしている風にもなかった。
……いや、ちょっとは気にしてくれ、と思うアーレクに、クリスティアは違うメニューを勧めてくる。
「では、まだここには書いていない新メニューなのですが。
『森で遊んでいた可愛い子ヤギの……』」
「子ヤギ率高いな。
可愛いからか」
森で遊んでいた可愛い子ヤギの近くに生えていた野菜の炒め物とかかな、とアーレクは思っていたのだが――。
「『森で遊んでいた可愛い子ヤギのスープ』です」
続きがあるのかと思ったが、なかった。
「……子ヤギ、ついに料理に入ってしまったではないか」
「可愛く元気に飛び回っていた子ヤギに想いを馳せながらお召し上がりください」
食べられるかーっ、と立ち上がり叫ぶアーレクに、
「では、あちらのお客さまが食べている新メニュー、『湖畔に住むエルフの香ばしい丸焼き』はいかかですか?」
と店内のテーブルを手で示しながら、クリスティアは言う。
そこに座る笑顔の素敵なおじさんの皿の上には、いい色に焼けた肉がのっていた。
「エルフ、香ばしく丸焼かれてんのか……」
「いえ、メニュー短い方がいいと、騎士様がおっしゃるので縮めてみただけなんですけど」
「最初の名前はなんだ?」
「『湖畔に住むエルフがたまに物々交換してくれる絶品採りたてセロリを下に敷いて焼き上げた香ばしい鶏の丸焼き』です」
「……お前は常に縮めるところを間違っている。
だがまあ、美味そうだな」
「では、それで。
あ、そのエルフの丸焼き。
よくここにいらっしゃる東国の商人の方が分けてくださる質の良い胡椒を使っているので。
ピリリと胡椒のアクセントが効いてて美味しいですよ」
と微笑み、行こうとするクリスティアに、
「いや、そこを料理名に入れろっ」
と言ってみたが、聞いてはいなかった。
その愛らしい後ろ姿を見ながら、テオが呟く。
「そこで更に、『湖畔に住むエルフがたまに物々交換してくれる絶品採りたてセロリを下に敷いて、赤いキノコがたくさん生えているおうちのおじさんが作ってくれた石窯で焼き上げた鶏の丸焼き』
まで言わないのは、ちょっとした遠慮なんですかね?」
いや、どの辺がだ……。
前半だけで、すでに容赦なく長いが。
しかし、名前が長いのはまあいいとして。
その名前から、ちっとも美味しさが伝わってこないのはどうなんだ?
と思いながら、アーレクはまだ突っ立ったまま、渋い顔で木のうろの方を眺めていた。
客で賑わっているうろの中からクリスティアが出て来た。
外に置いてある石窯に大きな丸鶏ののった鉄の鍋を運んでいる。
クリスティアは見ているこちらに気づくと、微笑み、手を振ってきた。
「じっくり焼くので時間かかります。
少々お待ちくださいね~」
アーレクは黙って頷き、おとなしく座った。
9
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました
黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。
これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる