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わたし、結婚するんでしょうか?
魔王様、長らくお世話になりました
しおりを挟むその朝、魔王が宿屋にいたアリスンの許を訪ねると、アリスンは深々と頭を下げて言ってきた。
「魔王様、長らくお世話になりました」
「どうした。
私はクビか」
とアリスンの可愛らしいつむじを見ながら魔王は言った。
人間に皿洗いをクビになる魔王ってどうなんだ。
どんだけ使えない奴なんだ、私は……と自分で思いながら。
だが、アリスンは、
「いえ、そうではありません。
私、ちょっと当てのない旅に出たくなりまして」
と言ってくる。
「旅?
ノアとの結婚から逃げるつもりか?」
と訊いたが、アリスンは、
「いえいえ。
それは私が断りさえすれば終わる話ですので」
と言う。
じゃあ、断れ、と魔王は思っていたが、顔には出さなかった。
というか、出なかった。
何百年も眠り続けていたせいか。
元からそうなのか。
ポーカーフェイスを装っているわけではなく、なかなか感情が顔に出ないのだ。
アリスンは頬に手をやり、少し考えるような仕草をしたあとで、心を決めたように、
「長らくお世話になりました」
とまた頭を下げてくる。
「いや、待て。
そして、長らくではないぞ」
と魔王はアリスンに言った。
「私が目覚めたのはこの前だし。
お前が来たのも最近だろう。
お前がこの村を牛耳っているから、長くいるような雰囲気ではあるが」
その言葉を聞いて、宿屋のフロントに居た村の若い男が苦笑いしていた。
「何故、旅に出ようとする。
まだカミサマを探しておらぬし。
神社も作っておらぬぞ」
やり遂げようとしたことを半端な状態で投げ出すなどアリスンらしくないなと思い、魔王は訊いてみた。
すると、アリスンは、
「実は……夢を見たのです」
と語り始める。
「人々の楽しげな話し声。
色鮮やかな、夜店や行き交う人々の浴衣。
そして、静かな参道を照らす提灯。
……となんだかわかんないけど、ピカピカ光っているジュースやなにか。
私は格子越しにずっとそれを眺めていました。
私の役目は神社で皆様をお迎えすること。
……ほとんどの人が夜店目当てで、お参りには来ないとしてもですよっ」
とアリスンはなにを思い出したのか、拳を握りしめる。
「私もあの中に混ざりたい、と思いながら、ずっと耐えていました。
でも、ひとつだけ耐えがたいことがっ。
あの匂いですよっ」
そうアリスンは訴えてくる。
「あの醤油がいい感じに焦げたイカ焼きの匂い。
ああ、粉もんの方のイカ焼きじゃなくて、醤油ダレつけて炙ってある丸焼きの方ですよ。
あれだけは、どうしても耐えがたかったんですっ。
今すぐ、このお役目放り出して、イカ焼きを買いに行きたいっ。
夢でリアルにあの匂いがしてっ。
鼻先で焦げた醤油の香ばしい香りがする気がしてっ。
私、今、どうしてもイカ焼きが食べたいのですっ。
この世界にイカ焼きはなくとも、それっぽいものがあったり、作れたりするのではないでしょうかっ。
いずれ、参道に夜店が並ぶような祭りをしたいのです。
イカ焼きはどうしても必要です。
っていうか、今、食べたいですっ。
魔王様っ、イカ焼きを求めて旅に出てもいいですかっ。
長らくお世話になりましたっ」
いや、なんなんだ、イカ焼き……。
そして、どんなんだ、そこまで、このアリスンを狂わせる香ばしい香りというのは、と思いながらも、
「却下だ」
そう魔王は言っていた。
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