侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ

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雨が降らなくなりました

それを言うなら、私と課長はどうなんだ……?

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「ああ~、瀬尾さんたち、誘えなかったあ。
 しっかりしてよ、そろばん坊主~っ」
と公園のベンチで多英が言ってくる。

 キッチンカーでランチを買ったあと、多英に小声で、

「瀬尾さんたちに、いっしょに食べませんかって言ってきてっ。
 課長がいるから話しかけやすいでしょっ」
と言われたのだが。

 いや、課長がいるから話しかけにくいんですけど……と思う萌子は、買ったランチを手に、社の方に戻っていく彼らをぼんやり見送ってしまった。

「あの~、賀川さん。
 私がそろばん坊主なわけじゃないですからね。

 そろばん坊主をつけるぞと脅されただけで」

 そろばん坊主というのは、パチパチとそろばんを弾くような音を立てる妖怪だ。

「そろばん坊主ってなに?」
と言うめぐにそう説明すると、

「そろばん弾く妖怪なのか~。
 ちょっと女子を例える言葉じゃないよね~」
と右隣に座るめぐは言う。

 ……いや、だから、私が例えられたわけじゃないだが。

 ロコモコ丼のとろとろ半熟卵をスプーンですくいながら、萌子が、

「っていうか、いっそ、私がそろばん坊主なら叱られなかったですよね……」
と呟いたとき、多英が、ぽん、と肩を叩いてきた。

「やさぐれて、あやかしになる前に、あんたには人間としての大事な使命があるわ。

 あんたが二十何年生きてきて、うちの会社に入り、田中課長と出会ったのも、そのためかもしれない」

 多英のそんな言葉に、走馬灯のように今までの人生が蘇ってきた。

 死にそうなピンチにおちいっているわけでもないのに。

 運動会で、ぱーんと鳴った瞬間、ビビッて後ろに下がってった小学二年生の自分がピンポイントで再生されたとき、

「呑み会に瀬尾さんを誘うのよ」
と多英が言ってきた。

「……は?」

「呑み会に瀬尾さんを誘うのよ。
 早くしないと、支社に帰ってしまうわ」

「……私の今までの人生、そのために仕組まれていたんですかね?」

 そう、と多英が頷く。

「賀川さんっ。
 いえ、多英さんっ、私も行ってもいいですよねっ? その呑み会」

「当たり前じゃないの、ケメちゃん」

 めぐと手を取り合った多英は、こちらを振り向き、
「もちろん、萌子も来ていいわよ」
と言ってくる。

 ……だって、それ、誘うの私ですよね~と苦笑いしたとき、

「へー、その呑み会、俺も行ってもいいですか?」
と声がした。

 藤崎と、同期の清水がコンビニ帰りらしく、地味なマイバッグを手に後ろに立っていた。

 ……藤崎、まだあのタラシの霊が憑いているのか、
と萌子が思ったとき、多英が、

「あんたは駄目。
 この間、私の気持ちをもてあそんだからっ」
と藤崎に向かい、言い出した。

「お前、賀川さん、もてあそんだのか、大胆だな」
と清水が驚く。

「藤崎、私を一泊旅行に誘ってきたのよ」

 ええっ? という顔をして藤崎を振り返った清水に、藤崎が慌てて、

「キャンプだよっ」
と言っていた。

 だが、更に、めぐがその話に乗っかり、
「しかも、その前には、藤崎、私を誘ってるのよ~っ」
と言い出す。

「だから、キャンプーッ」
と藤崎は絶叫してした。

「あんな人がみっしりいるキャンプ場で、なにも悪さなんてできませんよ~っ!」

「でもでも、女子的には、一泊旅行に誘われたことに変わりないからっ」
と女子二人に責められる藤崎を見ながら、

 うーむ。
 あれを一泊旅行というなら、私はいつも課長に一泊旅行に誘われてることになるんだが……。

 そう萌子は思っていた。



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