70 / 86
ゼロどころか、マイナスからの出発
CMで見るお弁当はいつも美味しそう
しおりを挟むお昼に真希絵がお弁当を買いに行っている間、あかりは日向を預かっていた。
いや、我が子なので、預かっていたというのも妙な話なのだが……。
真希絵はCMで見たお弁当がどうしても食べたくなって買いに行ったようだった。
「テレビで見てるとすごくおいしそうなのよっ。
実際に食べたら、そうでもないことも多いんだけどねっ」
そうとわかっていても止められないものらしい。
「ぐわあお! 行ってきたよ~」
待っている間、日向はあのおじいさん人形に話しかけていた。
『ぐわあお!』とは、動物園のことのようだ。
「ぐわあお! いたよ~」
この『ぐわあお!』は、ライオンのことらしい。
「ペンペンもいたよ~。
うさちゃんもいたし~。
パンダさんもいた~」
待て。
パンダはいないぞ……。
「猫さんもいたよ~」
……行く道中にいたかもね。
「あと犬さんも~」
日向にとっての動物園とはっ、と思ったとき、カランコロンとドアチャイムの音を立てながら、青葉がやってきた。
「日向はすっかりあの人形が気に入ってるようだな」
カウンターでアイスコーヒーを飲みながら、青葉が言う。
「そうなんですよ。
子どもが可愛いと思う感じの人形じゃないのに。
あ、そうだ。
ネットショップの方、青……木南さんが教えてくださった商品を目玉にしたら、お客様ちょっと増えましたよ」
「俺が手を貸してやって、ちょっととは何事だ」
「でも、他の商品も一緒に買ってくれる人とか。
またすぐ、違う商品を買いに来てくれる人とかいて楽しいですっ。
……もう、このお店閉めて、ネットショップだけにしてしまおうかと思うくらいに」
いえ、ここも全然来ないわけでもないんですけどね、と言うと、今はお客さんのいない店内を青葉は見回し、
「そうだな。
閉めるのもアリだな」
と言う。
自分で言っておいて、なんなんですけどっ。
お店やるの、夢だったんですけどっ、と思ったとき、青葉が言った。
「大吾が来るから、この店はもう閉めたらどうだ。
入り口に、『大吾お断り』とか、ステッカー貼っとけ。
俺が作ってやろう。
『セールス、勧誘、大吾は一切お断りします』ってやつを。
ああ、もうひとついるな。
『木南さん呼び、一切お断り NO!』も作ろう」
いや、そんなこと言われてもですね。
なんか呼べないですよ。
あなたを青葉さんと呼ぶときが、あなたをまた前のように好きになったときのような気がするので……とあかりは照れる。
まだ、お人形と遊んでいる日向を見ながら、青葉が言った。
「記憶をなくしたのは事故のせいで。
そのとき、たまたま、お前が男と会ってたことを忘れたいと思ってただけなんだろうが。
……なんだか、そのせいで忘れてた気がして。
すぐに訊けばよかったんだろうけど。
お前が俺には見せないような緊張感のない顔で、あの男と話してたから気になって」
いや、緊張感のない顔ってなんなんですか……、と思いながら、あかりは言う。
「それは……嶺太郎さんだと緊張しないけど。
青葉さんだと緊張するからです」
「なんで緊張するんだ?」
な、なんででしょうねっ。
わかってて訊かないでくださいよ、青葉さんになりかけの木南さんっ。
あかりは俯き、手にしていた布巾をぐしゃぐしゃになるまで握り込む。
「……ただお前に訊けばよかっただけなのに。
すぐに追求できなかったのは。
これが初めての恋で。
きっと最後の恋でもあって。
そして、今でもずっと、永遠にお前だけが大好きで、他の奴を好きになるとかないから」
だから、破局する未来だけは避けたかったからだと思う、と言いながら、青葉が自分を見つめる。
「こな……あお……。
大変でしたね」
「……ついに、名前を呼ばない方向に切り替えたのか。
ともかく、俺は誓うよ。
今度、工場に行く途中、事故に遭っても、二度と記憶を失わないと」
「…………」
しまった、どっちの名前も呼べない、とあかりはただ、青葉の顔を見つめる。
そして、気づいて言った。
「あの、そういえば、なんで私との記憶、失ったんでしたっけ?」
「山の工場に行く途中、事故に遭ったから」
「……記憶をなくしたのは?」
「違う山の工場に行く途中、事故に遭ったから」
「……あの、もう車に乗るの、やめた方がいいんじゃないかと思うんですよね。
あと、工場、山の上に作るの、やめてもらうことはできないんですかね……?」
「いや、どっちの事故も俺のせいじゃないからな」
と言い訳がましく、青葉は言っていた。
26
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
花も実も
白井はやて
恋愛
町で道場を営む武家の三男朝陽には最近、会うと心が暖かくなり癒される女性がいる。
跡取り問題で自宅に滞在したくない彼は癒しの彼女に会いたくて、彼女が家族と営む団子屋へ彼は足しげく熱心に通っているのだが、男と接客している様子を見ると謎の苛立ちを抱えていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる