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蘇りの書
愛人のお手当か
しおりを挟むしばらくして、廃病院に戻った真生は高坂に言った。
「高坂さん、お金をください」
高坂は書類から目を上げ、引き出しを開けると、札束を机の上に投げた。
「好きに使え」
「……いや、こんなにはいりません」
っていうか、理由も訊かないのか、この人は、と思っていた。
小金程度でいいのに、と呟きながら、真生はその束を手にする。
「どうした。お手当か」
とまたなんの悪巧みか、来ていた八咫が高坂のデスクの前から言ってくる。
愛人の手当かと言いたいようだった。
どいつもこいつもここの連中は、デリカシーにかけるな、と思っていた。
時代的なものだろうかな? と思いながら、部屋を後にする。
廊下を這いずる男を微妙に避けながら、真生はそのドアをノックした。辛うじて残っているドアだ。
返事はない。
だから、ドアを開けた。
「私よ」
と言いながら。
煙草を手にしたまま、何処かで見たようなトランクに腰掛けていた女が身構える。
その足許に真生は金を投げた。
「これで逃げたら? 話を聞かせて」
あら、ありがとう、と女は赤い唇で笑う。
外の茂みから高坂をうかがっていたのはこの女だった。
元高坂の愛人だったという行方不明の女だ。
自分も高坂の愛人を名乗っているという言い方をし、探りを入れたら、すぐにそう認めたのだ。
真生は誰にも見つからないよう、いつからあそこに居たのだろう、微かにハイビスカスの香りが移っている女を廃病院の空き部屋へと連れていった。
「あなたはどこの人間なの?」
そう問うと、女は細く勢いよく煙を吐き出したあとで、言う。
「私はどこの人間でもないわ。
ちょっと軍部に雇われてただけよ。
高坂の真意を探るために」
女の赤いハイヒールの周りに金は散乱したままだ。
「高坂さんの愛人は、みな、殺されたり行方不明になっているようだけど。
始めから、殺されるような立場の人だったのよね。
その愛人たちは、恐らく、軍との連絡の橋渡し役」
「……高坂は何故、生きてるの?
私が殺したはずなのに」
この女だったのか、と真生は思った。
いつか、この先、いや、彼女や高坂にとっては、過去の出来事だが。
この女に『高坂』は殺される。
しまった。
斗真にこの女の顔を見せておくべきだった、と真生は思った。
この女に殺された、『高坂』というのは恐らく、斗真のことだからだ。
昭子が言っていた。
真生が高坂を蘇らせるところを見たと。
だが、一度死んで蘇った高坂に、あの蘇りの秘術は効かない。
だから、殺されるのは、高坂にそっくりで、自分と同じように過去に飛んでいる斗真なのだろうと思っていた。
斗真には死ぬかもしれないことだけを伝え、自分が無事に蘇らせるらしいことは言わなかった。
その方が警戒してくれるだろうと思ったからだ。
……まあ、警戒したところでどうせ死ぬんだろうけど。
痛くないようにとか、半死半生くらいで、とかあるかもしれないしね、と真生は思う。
だが、今、やるべきことは、この女の背後を探ることだ。
この女は、もうこの時点で、斗真を殺してしまっているのだから。
今、その話をするのは意味のないことだ。
そう思いながら、真生は訊いた。
「あなたに高坂さんを殺すように言ったのは、あなたを雇っていた軍の人たち?」
「違うわ。
軍は高坂に死なれちゃ困るもの」
「高坂さんが、唯一、抗体を持つ人間だからね?」
女は黙っている。
「でも、高坂さんは自分は抗体を持ってないかもしれないと言っていたけど。
自分が蘇ったのは、病気が回復したからではなく、違う手段を使ったからなのだと。
ここは、死者が蘇る病院だから」
真生のその言葉を女は笑う。
「死んだ人間が蘇るわけないじゃないの。
そんなことが出来るのなら、先の戦争で死んだ連中をみんな蘇らせるわ」
そう呟いたときだけ、普通の女の目をしていた。
この人もこんな仕事に身を落とすまでには、いろいろあったんだろうな、とは思う。
斗真を殺した人間に同情できるかと問われたら難しいが。
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