伝説の木は、おとなりです

菱沼あゆ

文字の大きさ
4 / 10
ポイッと捨てられました

領主様、こんにちは

しおりを挟む


 セシルがクラウディオとともに、のどかな山村の道を歩いていると、領民たちがにこやかに話しかけてきた。

「領主様、こんにちは」

「領主様、いつもありがとうございます」

「領主様、うちの裏の木になった果実が美味しそうなので、ぜひ、お持ち帰りください」

 ……めちゃめちゃ慕われてるな、クラウディオ様。

 いい領主様なのだろうな、とセシルは思う。

 なのに、何故、悪魔だと言い出したりするのだろう?

 クラウディオは、チラとこちらを見たあとで、
「お前はここで待っておれ」
と言う。

 道の先から、こちらを見ている若者のところに急いで行ってしまった。

 あとに残されたセシルのもとに、近くにいた農家のおじさんやおばさんが、にこにことやってくる。

「もしや、領主様の奥様になられる方ですか?」

「え?
 いえ……」

「領主様をよろしくお願いいたしますっ」

「ほんとうにいい方なのですが。
 あまり女性に興味がなく。

 親族の方が薦めてこられるお嬢様方をみな断ってしまわれるのです」

 は、はあ……とセシルは曖昧な返事をする。

 いや、違います、とハッキリ言えなかったのは、領民たちの期待に満ちた笑顔に勝てなかったからだ。

 そのあと、戻ってきたクラウディオに、さっきの若者のところに連れていかれた。

 人の良さそうな若い男は一生懸命言ってくる。

「ク、クラウディオ様は、悪魔のような方ですっ」

 そうなんですか?
 ほんとうにそうなら、本人の目の前で言うのは大問題だし。

 本人が、よし、よく言ったっ、という顔で、あなたを見てないと思うのですが……。

「クラウディオ様は、ときに領民の仕事を奪い」

 クラウディオ様、なんかせっせと彼らの仕事を手伝ってそうだな、領主様なのに……。

「ときに、領民たちに娯楽を与え。
 堕落の道へといざなおうとされるのですっ」

 楽団とか曲芸師とか連れてきたのかな……。

 どうですか、今のでっ、という顔で、彼はクラウディオを見上げる。

 どうですかっ、ご主人様っ、と、わふわふ、主人に向かっていく忠犬のようだった。

 クラウディオは、ありがとう、すまないなっ、という顔で彼を見下ろす。

 この自称、悪魔と領民の間には、すごい信頼関係があるようだ……。

 そんなこちらの視線に気がついたように、クラウディオはちょっと強めに言ってきた。

「さあ、こちらに来るのだ、セシル!」

 近くで見ていたおばさんたちが小声で話しているのが聞こえてくる。

「あら、いいじゃない」

「強引な男はいいわよね。
 ……好みのタイプに限るけど」

「でも、領主様にしては頑張ってるわよね~」

 悪魔の言動を評価する領民たちの言葉に押されたように、クラウディオはセシルの手首をつかもうとしたが。

 指先が手首に触れた瞬間、セシルが見上げると、それだけで、びくりとしたように離してしまう。

「と、ともかく来るのだ……っ」

 クラウディオは、せかせか歩いていってしまった。

 クラウディオが離れたので、おばちゃんたちの声が大きくなる。

「ああして、ちょっと照れたところを見せてくるのもいいわよね~」

 ……うーむ。
 いいかどうかはともかく、ちょっと面白いな、この人、
と思ったセシルは、手を引かれなくとも、自分から彼についていってみた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さくら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

わけありな教え子達が巣立ったので、一人で冒険者やってみた

名無しの夜
ファンタジー
教え子達から突然別れを切り出されたグロウは一人で冒険者として活動してみることに。移動の最中、賊に襲われている令嬢を助けてみれば、令嬢は別れたばかりの教え子にそっくりだった。一方、グロウと別れた教え子三人はとある事情から母国に帰ることに。しかし故郷では恐るべき悪魔が三人を待ち構えていた。

処理中です...