憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
21 / 68
探偵

探偵は語る

しおりを挟む
 
 流行は、
「これ見てください」
と言いながら、分厚い手帳から写真を出してくる。

「これが佐野あづさの中学時代です」

「――美人」

 そこには、今のこの顔とは、似ても似つかぬ、シャープで小顔な美人が制服を着て写っていた。

「……別人説が有力かしらね。
 この美人がこの顔に整形する意味がわからない」
と頬に手をやり言うと、

「ああ、いえ。
 充分、可愛らしいと思いますよ」
と言ってくれる。

「フォローはいいです。

 もうお気づきでしょうが、私、佐野あづさじゃないんです。

 あづさは教会で爆死しました。

 私は犯人を誘き出すために、整形させられた、ただの花屋の店員なんですよ」

「それは……」
と流行は言葉につまったあとで、

「大変でしたね」
と言う。

 そこでまた同じ疑問が頭をもたげる。

 自分の地位をかけてまで、あづさを殺した犯人を見つけようとしているのに。

 あづさに対する衛のあのクールさはなんなのだろう。

 まあ、他に言いようはないだろうな、と思いながら、紅茶に口をつけた。

「しかし、死んだ人間をすり替えるなんて、また思い切ったことをしましたね。

 バレたら、御剣の総帥といえど、ただでは済まないでしょうにね」

「そうですね。
 病院ぐるみだからできたことでしょうけど」

 そこでまた同じ疑問が頭をもたげる。

 自分の地位をかけてまで、あづさを殺した犯人を見つけようとしているのに、あづさに対する衛のあのクールさはなんなのだろう。

「別人があづさになりすましていた。

 だとするなら、本物のあづさは何処に行ったんでしょうね」

「何処行ったと思います?」

「私なら、殺しときますけど?」
と言うと、探偵は、ひっ、と息をつめる。

「ああ、私ならって、私が犯人の立場なら、そのくらい周到にするという意味で。

 私がその立場だったら、そこまでするという意味ではありませんよ」

「その二つの違いがよくわからないんですけど~」
と探偵は己れの手を握り合わせ、前屈みに呟いている。

 めんどくさいので、彼は置いておいて、自分の思考の行き着く先にだけ、神経を向ける。

「あづさ本人がこの顔に整形したとするのなら、それは何故かってことですよね。
 この顔、誰の顔なんですかね?」

 探偵は困った顔をした。

「同僚の調査はそこで終わってるんですよ」

「その先は調べてないんですか?」
と言うと、流行は、ちょっとだけ、と言ったあとで黙り込んだ。

 その目を見て嗤う。

「怖いですか?」

 彼の相棒はあづさの件を調べていて、失踪した。

 殺されたのかもしれないと彼は考えているようだった。 

 流行はテーブルに肘をつき、両の手で顔を覆ったあと、はあーっと深い息を吐き出した。

「いや。
 もし、殺されたのだとしたら、犯人は、佐野あづさだと思います。

 そのあづさがもう死んでいるのなら。

 何も恐れることはないはずです。

 でも――」

 何か気になるんです、と男は言った。

 そのつむじを見ながら、この人も髪、やわらかそうだなと思う。

 だけど、衛のように、つつきたくはならなかった。

「大丈夫ですよ」
と流行に向かって言った。

「貴方はきっと死なないです。
 こう、天性の勘みたいなのがありそうだから。

 ヤバいものに近づくとわかるみたいな」
と言うと、彼は組んだ指の間から、上目遣いにこちらを見て言う。

「……責められているように聞こえます」

「どうして?」

「僕はあいつが、何か危険なものに手を出しているのを感じていた。

 それなのに、止めもせず、手も貸さなかった。

 相手が手伝ってくれというまで、手を出さないルールではあったけど。

 それでも、そんな決まり事、破ってでも、手を貸していたら」

「一緒に殺されていたと思いますよ」
と一蹴すると、

「……そうですかね」
と情けなげな声で言う。

「いや、まあ、貴方の相棒の方だって、死んだとは限らないじゃないですか。

 何処かに身を隠しているだけかもしれませんよ。

 それより、貴方がおかしいと感じたのは、ただの勘ですか?

 何か気になることがあって、それを無意識のうちに、ヤバイものとして、察知したとか言うわけじゃないんですか?」

「いや、まあ。
 無意識なんでわかりません」
と情けないことを言う。

 まあ、そうか、と思いながら、頬杖をついて、外を見た。

 人の行き交う歩道を見ながら、
「あ、醤油買いに行くんだった」
と呟く。

「私、この辺詳しくないんですけど。
 此処らで美味しいお醤油って、なんですか?」

「おうち、この辺じゃなかったんですか?」

「どうなんでしょう?
 見に行ったことないんですけど」
と言いながら、立ち上がる。

「え?」

「私も吹き飛ばされたショックで記憶がないんです。

 新聞で昨日、初めて自分の顔を見ましたよ」

 まるで他人のそれみたいでしたねえ、と顎に手をやり、呟く。

「そうですか。

 あの――

 ああ、あづささんじゃないんですよね。

 なんてお名前でしたっけ?」
と事件の資料を捜そうとする。

 死亡した花屋の店員の名前を見つけたいようだった。

 無能……。

「いいですよ。
 もういらない名前ですから。

 戻れる保証もありませんしね」

 すべての秘密を知る自分を衛は解放するだろうか。

 かと言って、婚約者として、彼の側に留まれるわけもない。

 自分は所詮、ニセモノなのだし。

 まあ、留まりたいわけでもないが、花屋はもう雇ってはくれまいな、と伝票を取ると、流行は、あ、僕が、と言う。

「いいです。
 御剣から、ぼちぼちお金貰ってますから。

 まあ、この命を危険に晒して、顔まで変えて協力してるわけですから、そのくらいは――」

 流行はこちら見、何事か考えているようだった。

「待ってください。これを」
とA4サイズの大きな茶封筒を渡される。

 それを見下ろし、

「……持ってても死なないですか?」
と言うと、

「無能な僕が調べた程度のことしか書いてないですから」
と笑ってみせる。

 先に外に出ると、背後に視線を走らせてみる。

 噂の御剣のボディガードというのは何処に居るのか。

 その気配さえ、感じさせない。

 まあ、プロなら当たり前か、と思ったあとで、

 ……流行さん、頑張って、と思った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...