憑代の柩

菱沼あゆ

文字の大きさ
35 / 68
顔の女

これは推測なんですが

しおりを挟む
 

「眠そうですね」

 要に送ってもらい、大学まできたが、強い眠気に襲われていた。

 カフェで反り返るようにして椅子に背を預け、目を閉じていると、本田が声をかけてくる。

「あ~、あれからちょっと寝不足で」

 同じ授業をとっている女たちが、コソコソこちらを見ながら話していた。

 そちらをちらと見、手招きをする。

 女たちは不審げに顔を見合わせながら、やってきた。

「さっき呼んでた。
 第四教室で、和田先生が」

「え―― あ、ありがとう」

 女たちは礼を言い、去りながら、ぼそぼそ言っていた。

 事故で頭打って、急に穏やかになったとか。

 いや、私が穏やかかどうかは知らないけどな、と思っていると、本田が訊いてきた。

「それ、なんですか?」
と自分の手にあるものを指差す。

 ああ、これ、と新聞のコピーを見せた。

「あづさが住んでた部屋の住人は服毒自殺でした。

 日付は、五年前の今日です。

 大家さんにも確認しました」

「はあ」

 本田は前に座りながら、要領を得ないような返事をする。

「遺書もあったし、警察はよく調べなかったんですかね」

「すみません。
 ちょっと話が――」

 頬杖をつき、そのコピーを見つめた。

「推測ですが。
 佐野あづさは、薬を使うつもりだったのでは」

「え。
 どういう意味ですか?」

「今朝方、某放送局の集金人が来ましてね」
と腕を組み、眉をひそめる。

「払ったんですか?」

「書類がないから、また今度でいいと言われました。

 いや、実は、問題なのは、そこんとこじゃなくては」
と言うと、『実は』はいらないだろう、という顔を本田はする。

「あづささんは、十八日には、もう此処から居なくなっていると彼に言っていたらしいんです」

 ……十八日、と本田は口の中で呟く。

「結婚式の前に、御剣邸に移るような計画もなかったようです。

 何故、あづさは、十八日と言ったのか」

 今、手にないものを見るように、広げた掌を見つめていると、本田がそれを窺っているのに気がついた。

「どうかしましたか?」

「いえ。
 貴女はどう思われるんですか?」

「あづさは十八日の前撮りの日に何かやるつもりだったんじゃないでしょうか」

「何かって……」
と言いながら、本田は落ち着かなくなる。

 その瞳を見つめた。

「何か――
 知ってますよね、本田さん」

「知ってるとか、そういうのじゃないですけど。

 あの前の日、あづさの様子がおかしくて」

「マリッジブルーとかじゃなくて?」

「結婚が決まってから、あづさはずっとブルーでしたよ。

 でも、あの日は特におかしかった」

 それ以上のことを言うのは、此処では憚られる感じだった。

「僕の高校のときの友人が消防士をやってるんです。

 あの教会にも駆けつけたようです」

 そんなことを本田は言い出した。

「今なら、時間があると言うので、話を聞いてこようかと思ってます」

「そうですか……」

 あー、天気雨だ。

 女の子たちが頭の上に教科書を載せ、校舎に向かって、走って行くのが見えた。

「彼女は――

 なんであんな夕暮れ時を選んだんでしょうね」

 私は夕陽に温まっている白いテーブルに指先で触れ、言った。

「え?」

「結婚式と前撮りの時間ですよ。

 なんだか切なくなるじゃないですか」

「たぶん。
 相応しくないと思っていたからです。

 明るい光の下での結婚が」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私たちの離婚幸福論

桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...