41 / 68
顔の女
本田
しおりを挟む「こんにちは、本田さん」
うわっ、と庭に水を撒いていた本田が声を上げる。
「この間はすみませんでした」
と言う本田に、あー、いやいや、といつも通りの曖昧な返事をして、手を振った。
改めて、言われると気恥ずかしくなるので、やめて欲しいと思った。
「あがっていかれますか?」
と本田は平屋の古い日本家屋を指差す。
いえ、と言ったとき、縁側に老婦人が現れた。
「おばあちゃん」
と本田は駆け寄り、縁側に座らせる。
ギリギリの位置まで出て来て、落ちそうだったからだ。
彼女の目は、かなり白濁していた。
甲斐甲斐しく祖母の世話をしている本田の様子を微笑ましく眺めた。
「そういうところが好きだったんでしょうね」
ぼそりとそう言うと、
「誰がですか?」
と本田は照れたように言ったが。
その口調から言って、誰がなのかわかっているようだった。
「いえ。
でもまあ、衛さんにもいいとこあるんですよ」
ふっと笑う自分を本田は見ていた。
「……あづちゃん?」
と本田の祖母が呼びかけて来た。
迷ったが、
「はい」
と返事をする。
「お元気でしたか?」
と訊くと、ええ、ええ、と彼女は嬉しそうに微笑んだ。
大学では頑なだったあづさも此処では自然に振る舞っていたようだった。
少し彼女とお話しする。
疲れた様子の祖母を連れて、本田は一度、奥に引っ込んだ。
その間、縁側に腰掛け、庭を眺める。
庭を囲う剪定された木々。
小さな畑と花壇。
縁側の足許には、蔓植物が何鉢か置かれている。
初めてきたのに、懐かしいような光景だ。
これで鶏でも飼ってたら、完璧だ、と何が完璧なんだかわからないまま思っていたが。
この住宅街で、鶏を飼ったりしたら、まあ、迷惑千万だろう。
戻って来た本田が、頭の上から、
「そうだ。
何か野菜、持って帰りますか?」
と訊いてきた。
庭の隅の小さな菜園を見た彼は、まだ小さな芽しか出ていない一角を指差し、
「あれ、あづさが植えたんです」
と教えてくれる。
立ち上がり、そこまで行った。
自分にはわからない何かの葉っぱが幾つも覗いている。
後ろに立つ本田が言った。
「僕ね、本当は、あづさの顔が整形じゃないかと言われたとき、そうじゃないかと思ったんです。
だって――
子どものときの写真にあったこめかみのホクロがなくなってたから」
そう、と私は言う。
塀を越えて、涼やかな風が此処まで届く。
本田と仲良く庭仕事をしているあづさの幻が見えた。
見たこともないはずの二十一歳の彼女の姿が。
振り返ると、俯いたまま、本田は地面を見ていた。
そっとその肩を抱く。
しばらくして、彼は笑い出した。
「なんか……おかしいですよ、これ。
僕は慰められるような立場じゃない。
僕には何も何も止められなかったんだから。
気づいていたんです。
彼女が何かよくないことを考えていることに。
でも、僕は――」
「本田さん、貴方とだったら、あづさは幸せになれたでしょうにね」
だが、本田は首を振る。
「僕の見ていた『佐野あづさ』は、御剣衛のために作られた人間だった。
彼女は結局のところ、最初から最後まで、衛さんしか見てなかったんです。
僕の前でも、最後まで、佐野あづさだったんですから」
はい、と本田に渡された、土で汚れたビニール袋がずしりと重かった。
いつも穏やかな表情を浮かべている彼の本心を受け取った気がしたからだ。
2
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる