憑代の柩

菱沼あゆ

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霊安室の遺体

足音

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 あの日、車に乗らなければよかった――

 私はずっと貴方とは友達で居たかったのに。
 


 濡れた冷たい首筋に手をかける。

 細いそれは、簡単に絞められそうに見えた。

 早くそうしておくべきだった。

 こんな切っ掛けを待つ前に。
 


 暗闇の中で、足音を聞いた。

 今日は妙に静かで、本当にいろんな物音が聞こえる。

 きっと、心が研ぎすまされているから――

 な、訳ないか、と思ったとき、軽い足音が部屋の前で止まった。

 やがて、ガチャリ、と鍵を回す音がした。

 部屋の主が帰って来たのかと思ったが、何故かその人物は、何度も鍵を回している。

 どうやら、鍵が合わないようだ。

 誰なんだ? と闇の中で緊迫する。

 何度がガチャガチャやったあとで、諦めたのか、また足音は遠ざかっていった。

 い、今のは誰だ。

 確かめるべきだが、動けない。

 立ち上がるなら、今すぐ、と思ったのだが、長く膝を曲げて、丸まっていたせいで、足が固まってしまい、立ち上がれない。

 そのうち、また誰かの足音がして、慌てて、元の場所に戻る。

 今度はガチャンッと鍵をコンクリートの上に落とす粗忽な音がした。

 それで予想していたが、案の定、今度は綺麗に鍵が回った。

 だが、出て行かない。

 足音が二つ聞こえていたからだ。

 ひとつは男物の靴音のようだった。

 電気をつける音がした。

 明るい光がこちらまで射し込んでくる。

 荷物が投げ捨てられるような音がして、

「待って」
という女の声が聞こえた。

「ちょ、ちょっと待って。
 そうじゃなくて、ちょっと待ってっ」
と焦っている。

 出て行くべきか。
 どうなのか。

 ぐずぐず考えるな、と自らを叱咤する。

「いやっ」
と高い悲鳴が聞こえたので、慌てて戸を引き開けようとしたが、内側からだと取っ手がないので、なかなか開かず、カリカリカリカリやってしまう。

「猫の霊でも出るのか」
という男の声がした。

「もう~っ」
としびれを切らした声と、誰かが這う音がこちらに近づいてきた。

 ガラリ、と外から襖が開く。

 眩しい光に目をしばたたいた。

「なにやってんですか、もうっ。
 こういうときは、さっと出て来て助けるっ!」

 ニセモノの佐野あづさが、戸に手をかけ、座り込んでいた。

 先程の声から察していたが、彼女の背後に居たのは、衛の従兄の医師、要だった。

 いや……今、明らかに貴方が連れ込んだんですよね?

 助けていいものかどうか、迷うじゃないですか、と言ったら殴られそうなので黙っていた。




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