憑代の柩

菱沼あゆ

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探偵II

喫茶店

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 衛は車を例のファミレスの近くで止めた。

 斜め向かいの雑居ビルの駐車場に入れる。

「あの~」
「なんだ」

「このエレベーター、今にも止まりそうですね」

 違うことを言いたかったのだが、誤摩化そうとして、本音が出た。

 衛が厭な顔をする。

 古いビルに古い小さなエレベーター。

 中に敷かれた朱いカーペットもかなりくすんでいる。

 四階で衛が降りる。

 アンティークな黒塗りのドアが現れた。

 その向こうに、小洒落た喫茶店の店内が広がっている。

「こんなお店があったんですね」

「たまたま気づいたんだが、眺めもいい」

 衛が入って行くと、上品に髭をたくわえた男がすぐに近づいてきた。

 蝶ネクタイがわざとらしくない紳士風の初老の男だ。

「お久しぶりです。
 いつものお席で?」

 いつもの席?

 衛が頷くと、窓際の席に通される。

 なんとなく、窓の下を見た。

 あのファミレスが見える。

 日が落ちかけ、住宅街に、そこだけが、ぽかりと不夜城のように浮いている。

 屋根の上の看板が廻るのを見ていると、

「座ったらどうだ」
と言われた。

 ゆっくりと腰を下ろしながら訊く。

「よく――

 来てらしたんですか?」

「ああ。
 此処から外を見てた」

「先生が……八代が貴方に?」

 確認するように問うと、
「かなり記憶は戻ってるんだな」
と言った。

 注文を取りに来た店員に、

「あの、ロイヤルクラウンダービーのディンブラを」
と言うと、衛が笑う。

 もうどうでもいいや、と少し思っていた。

「そういえば、流行さんが、このファミレスの近くで、佐野あづさの顔をした女を二度見たそうです」

「聞いた。
 佐野あづさじゃない。

 咲田馨の顔だがな。

 お前は流行とは面識がなかったのか?」

「私は八代が個人的に雇っている助手です。

 流行さんとは、お互い顔を知らない方がいいこともありますしね」

「個人的にね」
と俯きがちに、衛は嗤う。

「他にお前のような忍びの者は居るのか」

「誰が忍びの者ですか」

「くのいちにしては、そういう意味では使えなさそうだが」

 また一言多い衛の言葉を聞きながら、運ばれて来た紅茶に口をつける。

 器もロイヤルクラウンダービーだった。

「美味しい!」
と声を上げた。

 添えてある小さな可愛らしいチョコレートがまた美味しくて、これだけ追加したい気分になった。

 軽くカップに口をつけただけで、それを下ろした衛が言う。

「此処からいつも、外を見てた」

 視線をその言葉に沿わせるように、窓の外に流していた。

「咲田馨の顔の女は、何故、此処に現れる」

 誰かに問うように、そう呟く。

「さっきから、外をチョロチョロしているサラリーマンにはわかっているのか?」

「チョロチョロって……貴方がガードに付けてるんですよね?」

 衛の視線を追い、外を見た。

 ガラス張りのファミレスの店内が少し窺える。

 ふっと細く息を吐き、衛はこちらを見た。

「ところで、警察から新しい情報がある」

「兼平さんですか?」

「いや。
 あいつは別の事件をやりながら、単独行動で、余計なことをしては叱られているようだ」

「へえ。
 警察とコミュニケーション取ってたんですか」

と言うと、コミュニケーションってのも変だろ、と上目遣いにこちらを見る。

 ま、普通、向こうが一方的にコミュニケーションとってるくよな、頼まなくとも。

 衛はスマホを開き、

「ネットに公開されてたのをたまたま見つけた人間が居たらしい」

 そう言いながら、こちらに投げて寄越した。

 そこにあった動画を再生してみる。

 商店街が映っていた。

 そこの歩道で、いきなり子供が初めての一歩を踏み出したらしく母親が夫に、

『もう一回、もう一回歩かせてっ。

 おいでおいでっ』
と驚喜しながら、撮影している。

 そのとき、スポーティな格好をした女が側の花屋から出てきた。

 キャップを目深に被っている。 

 ちらと楽しげな父親と子供を振り返り、すぐに目を逸らしていた。

 横向きになった瞬間、帽子のひさしの下の顔が見えた。

 この顔は!

 衛がこちらを見、そして、目を伏せる。

「動画に表示されている時刻を確認したか」

「はい」

「警察はこう考えた。

 花を頼んだのは、佐野あづさ本人。

 或いは、この顔の女。

 例えば――」

 咲田馨とか、と衛は言った。

 私はもう一度、その画像を再生して見ながら言う。

「過去の警察の見解では、咲田馨は死んでたんでしょうに。

 死んだ『佐野あづさ』が自分で花を頼んだんじゃ、話の辻褄が合わなくなるから、古い資料を引っ張り出してきて、咲田馨に罪をおっ被せようっていうんですかね?

 無理矢理、生き返らせて。

 でもまあ、この映像の女が花を頼んだからと言って、爆弾を仕込んだかどうかはわからないですよね」

「そうだな。
 彼女には花が運ばれる時刻がわかっていたというだけだ」 

 しかし、或る意味、恐ろしい世の中だな、と衛は言う。

「監視カメラはなくとも関係ないな。

 それ以上の台数のカメラが、そこ此処に控えていて、辺り構わず撮影している」

「貴方とか無駄に撮られてたり、記憶されたりしてそうですよね」

 携帯を返しながら言った。

「あのー、一応、言っときますけど。

 此処に映ってるの、私じゃないですからね」

「当たり前だろ」

 外を窺いながら、紅茶を飲む衛の横顔を見ながら笑うと、なんだ? という表情をする。

「貴方、探偵には向いてないですよね」

 何か言おうとする言葉を塞ぐように言った。

「ところで、行きたいところがあるんですけど」



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