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自分探しの旅に出たいんですけど
……逃げてしまいました
しおりを挟むジンの宮殿に馬車が近づいたとき、アローナは言った。
「すみません。
止めてください」
「何故ですか。
下手なところで止まっては、もし、あなたを狙う輩がいたら、襲撃の機会を与えることになりますが」
「いや~、なんだか不安になってきて」
と道の先にある宮殿を見上げてアローナは呟く。
「アハト様もレオ様も私が賢い妃や良き伴侶になるとおっしゃってくださいますが。
私にはそのように思えません」
石畳の上を走る馬車の音を聞きながら、アローナはアハトの腕をつかみ言った。
「ちょっと……いや、今すぐ、自分を見つめ直しに旅に出て来たりしたいんですけど~」
「なにぬるいこと言ってんですか。
っていうか、あなた、散々旅して、メディフィスまで来たんでしょうがっ」
また砂漠で攫われたりしたいんですかっ、と言われる。
「此処まで来たら、突き進むしかないんですよっ。
ああ、ジン様がさっさと手籠めにしとかないから、めんどくさいこと言い出したーっ」
とアハトは文句を言ってくる。
「ともかく、そんなこと今更許しませんよっ」
とアハトが言い出したので、アローナは思わず、走っている馬車から、ぽん、と後ろ向きに飛び降りてしまった。
ちょうど角でスピードを落としていたからだ。
「あっ、こらっ」
と言うアハトの声が聞こえる。
しまった……。
逃げ出してしまった。
王への反逆罪で捕まるだろうか。
それとも、約束を違えたと、アッサンドラを攻め滅ぼされるだろうか。
いや……、ジン様はそんなことなさらないだろう。
っていうか、本気で逃げるつもりなんてなかったんだが。
アハト様がいきなり怒りだすから、生まれ育った城の恐ろしい家庭教師と似て見えて、つい。
どうしてくれるんですか、アハト様。
逃げちゃったじゃないですか……、と飛び降りてしまった手前、走り去りながらも、アローナは困っていた。
「馬車を止めろっ。
ひっ捕らえよっ!」
アローナが、ふわっと馬車からいなくなってしまったので、アハトは叫びながら立ち上がった。
馬車をつかんで、開いたままの扉から身を乗り出す。
慌てて御者が馬車を止めていた。
「どうしたんです?」
と声がしたので見ると、馬具屋の前にフェルナンがいた。
部下たちと馬具を見ていたようだった。
「今、そこっ、シャカシャカ逃げてったでしょうっ、アローナ様がっ」
とアハトは今来た道を指差す。
「……シャカシャカって。
茶色くてすばしこい虫みたいですね。
台所辺りによくいる」
とフェルナンが呑気に言ってくるので、アハトはフェルナンの部下に向かって叫んだ。
「アローナ姫が逃げたっ。
王に気づかれる前にひっ捕らえよっ!」
「ひっ捕らえよって、一応、あれ、王妃様になられる方ですからね」
とフェルナンが言う。
「……いや、フェルナン様こそ、あれ、とか言っておられますが」
と言いながら、アハトは思っていた。
自分が騒いでいるから、フェルナン様は呑気にしておられるんだろうなと。
こっちが落ち着いていたら、フェルナン様が騒いでいたに違いない。
そんな風に揉めている間に、逃げ足の速いアローナはいなくなっていた。
いや、アローナ本人も逃げたいわけではなかったのだが……。
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