90 / 94
暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~
私の夫となる人は……
しおりを挟むしばらくして、静は壱とその屋台の主人と三人で、蕎麦を啜っていた。
「美味いっ」
と三人で最後の汁まで飲み干した丼を置く。
「はあ、そうですかねえ。
私はいまいち納得できなくて」
と屋台の主人である若者が丼を受け取りながら言う。
イチたちが引いていた方ではない、あかりなし蕎麦の屋台の主人だ。
「……これで納得できねえんなら、わしも屋台はできねえな」
と依頼主の主人が言う。
あかりなし蕎麦の正体は、いまいち味に自信が持てない屋台の店主だった。
自信がないので、あんまり人が来ない方がいいと思って、灯りもつけずに屋台を出していたらしい。
しかも、接客も苦手なので、客が来たら、つい逃げてしまうこともあったとか。
「だったら、まだ屋台出さなきゃいいじゃないですか」
と苦笑いして静は言ったが、
「いや~、ちょっと人に慣れようかと」
と言って店主は、ははは……と笑う。
「じゃあ、わしが接客手伝ってやるよ。
その代わり、わしの店の出汁の味もちょっと見てくれ」
「え? いいんですか?」
と二人仲良く話し始める。
「あやかしじゃなかったか……」
と呟くイチとともに、静は二人と別れ、帰ることにした。
ガス灯に照らし出された夜道を歩きながら、静は言う。
「そうだ。
今度、結婚相手と会うことになったんですよ」
「結婚するのに、まだ顔も見たことないってどうなんだ」
まあ、頑張れ、と壱に言われ、
……なにを頑張るんですかね、と静は思った。
相手に逃げ出されないようにだろうかな。
でも……、向こうがこの縁談から逃げて断ってくれたらな、とは思っている。
「結婚とか。
まだよくわからないんですけどね」
静はそう呟くように言ったが、壱は、
「そんなの誰しもわからないままするもんだろ」
と素っ気なく言う。
「そういえば、壱さんって、前世の記憶があるんですよね?
結婚してたことあるんですか?」
「……さあ。
あるようなないような」
と壱は適当な返事をしてきた。
最近、急速に増えてきた気がする自動車がこんな時間でも行き交っている。
けたたましい音を立てて走る自動車を振り返り、壱が言っていた。
「江戸もうるさくなったな」
いや、江戸、もうずいぶん前なんで……。
はは……と笑いながら、静は白い息を吐く。
「相手の人が断ってくれればいいんですけどね」
「いや……、きっと断らないさ」
なんでです? と振り向いたが、壱は、
「ほら、家に着いたぞ。
とっとと入れ」
と電気の灯りが煌々とついた屋敷の門に静を追いやろうとする。
何処からか窺っていたのか、すぐに玄関扉が開き、じいやが出てきた。
「またな。
おやすみ、シズ」
……私の夫となる人は、私を『静』と呼ぶのでしょうか。
でもなんだが。
一生、壱さんの呼ぶ、『シズ』って呼び方が頭に残りそうな……
そんな気がしてるんです……と思いながら静は、去っていく壱の後ろ姿を見送った。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる