昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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なんだかんだで、目が覚めたら……

偶然はつづくもの……

 

 顔は好みだが、あとは好みじゃないとか。
 本人に向かって言うとか、どうなんだ……と思いながら、誠孝は、ドア越しに、

「ありがとうございましたーっ」
と言う日子の声を聞いていた。

 あの女のことだ。
 どうせ、見てもいないのに、深々と頭を下げているのに違いない、と誠孝は思う。

 昨日、
「ゲームでもしませんか」
と言って、いつもと違う顔でヘラヘラ日子が言ってきた。

 仕事中とは違う緊張感のない日子の顔を思い出した誠孝は、閉まったドアを見つめていたが。

 鍵をふたつかけ、U字ロックをかけ、なんだか物足らずに、近くにあったスリッパスタンドをドアのすぐ前に置いてみた。

 だが、ヘラヘラ笑いながら日子がやってきて、それに引っかかって転ぶところを想像し、つい、吹き出してしまう。

 ガチャガチャ、バタン、と日子が鍵を開け、部屋に入る音がした。

 またすぐに、ふたつの鍵をかける音がする。

 日子が自分から遠ざかったのを確認し、誠孝はなんとなく安心した。



 そういえば、なんで沙知見さんとゲームすることになったんだろうなと思いながら、日子はお茶を淹れ、あのゲームのスイッチを入れてみた。

 ……すごいスコアだ。

 仕事でも敵わず、得意なゲームでも敵わないとは。

 そんなことを考えながら、ぼんやり一位に君臨しているシゲタカの名前を見ていた日子だが。

 そういえば、なにも食べてなかったな、と気がついた。

 ご飯買いに行こうっと、とマンション一階のコンビニに向かう。


 
 コンビニでお弁当を見ながら、日子は店内で流れている曲を、つい口ずさみそうになる。

 そういえば、学生時代住んでたワンルームマンションの一階もコンビニだったっけ。

 当時は二階に住んでたから、下で流れてる曲が一晩中聞こえてたっけな、と日子は思い出す。

 泊まりに来た友だちと、
「もう寝よっか~」
と言いながらも。

 つい、どちらかがその微かに聞こえる曲に合わせて歌い出して、寝られなかったものだ。

 そんな懐かしい記憶に笑った日子だったが、こちらを見ている人物がいるのに気がついた。

 誠孝だ。

 うっ。
 普段、滅多にバッタリ出会わない人が、何故、今ここにっ。

 親子丼を手に、にまにましている変な奴だと思われただろうか……と思ったとき、日子の頭に、昨夜の記憶が蘇っていた。

 そうだ。
 昨日、ここで水を買おうと思って見てたら、沙知見さんが現れたんだった。

 正気のときなら、軽く頭下げて、別の場所に移動するのに。

 久しぶりにみんなで呑んでご機嫌だったので、つい、話しかけてしまったのだ。

「あれ? 沙知見さんじゃないですか。
 こんばんは~。

 なんで、ここにいらっしゃるんですか?」

 いや、なんでって、ここに住んでるからだよね~、と日子は昨日の自分に突っ込んでみる。

 そのあと、なんとなく一緒に話しながら、買い物を済ませ、エレベーターに乗った。

 ゲームが息抜きだったのに、最近やってないという話になり。

 実は誠孝も結構、ガンシューティングゲームをやるという話になり。

「なかなかこうして話す機会もないですけど。
 少しはプライベートで話したりした方が、仕事も円滑に行くのかもしれませんねー」
とかなんとか言って。

「あ、じゃあ、今度、一緒にゲームでもしませんか?」
と言ったのだった。

「も、申し訳ありませんでした」
とぼんやり記憶が蘇った日子は、今、目の前にいる誠孝に向かい、謝ってしまう。

 だが、いきなり謝られた誠孝は、
 なにが申し訳ありませんでしたなんだ、という顔をしていた。

「あ、いえ。
 昨日、私がここでゲームに誘ったんだったんですね」

「ああ。
 いや、久しぶりで、俺も楽しかったから、別にいい。

 お前をボコボコに負かせて、スカッとしたし。

 ……仕事では結構、してやられてる気がするからな」
と言われ、とんでもないっ、と日子は手を振る。

「私の方がいつもボコボコにやられてます、仕事でもっ。
 おのれっ! って感じですっ」
とつい、言ってしまう。

 おのれ? と誠孝が見返してきた。

「あっ、いえっ。
 失礼しましたっ」

 そのあとの記憶がないが、無理やりゲームに付き合わせたのかも、と日子はペコペコ頭を下げた。

 そして、ふと気づく。

 自分の手にあるのがすでに出来上がった親子丼で、誠孝の手にあるのが、豆腐と酢であることに。

 ……この時間からなにか作るのだろうか。

 それか、朝食用だろうか。

 日子は、明日の朝は、菓子パンとインスタントのスープとヨーグルトのつもりだった。

 なんか負けた……と思いながら、日子は、

「じゃ、失礼します~」
と親子丼を買って、部屋に戻ろうとした。

 だが、
「待て」
と止められる。

「お前、腹が減っているのか」
と道に捨てられている子犬に訊くように、誠孝は訊いてきた。

「横浜に出張してきた後輩が、餃子をいっぱい買ってきてくれたんだ。
 お前もいっしょに食べるか」

「えっ?」

「知り合いの店で作ってきてもらったらしくて、真空パックでも冷凍のでもないんだ。
 今日、すぐに食べた方が旨そうだから、いっしょにどうだ」

「えっ?」

 二度も、えっ? と訊き返してしまったせいで、沈黙が訪れる。

「……無理にとは言わない」

 じゃ、と誠孝は豆腐と酢を手にレジに向かおうとした。

「あっ、いえっ。
 そうじゃなくて、申し訳なくてっ」
と慌てて追いかけ、日子は言った。

 すると、誠孝は振り返り、言う、

「じゃあ、来るか。
 十五分後に自分が呑みたい酒持って来い。

 日本酒とワインくらいなら、持って来なくてもうちにもあるが」

「あっ、では、沙知見さんがお好きなお酒を持っていきますっ。
 なにがよろしいですかっ」
と日子はすぐ側にあった、コンビニにしては、なかなか充実したお酒のコーナーを手で示した。

 そこを眺めた誠孝は、
「いや、いい。
 気は使うな」
と言ったが、日子が困った顔をしたので、

「じゃあ、これで」
とデイリーユースな安いワインを日子の手にのせる。

 や、安すぎですよ、と思ったが、そんな日子の気持ちを読んだように、誠孝は言う。

「それが好きなんだ。
 値段のわりに美味しい」

「あっ、そうですねっ。
 私もよく呑むんです、これっ」

 ずっと握っちゃってたし、ついでに買うか、と親子丼もいっしょに抱え、日子は、さっさとレジに向かう誠孝の背を追った。




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