昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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完璧だったはずの男

終わったな……

 

「結局、部屋見せなくて済みました……」

 誠孝の部屋のチャイムを押し、日子がそう報告すると、

「そうか。
 まあ、片付いてよかったじゃないか」
と誠孝は言う。

「とりあえず、これで終わったな」

「そ、そうですね」

 これでホッと一息

 ……のはずだ。

 なのに、誠孝に、終わったな、と言われた瞬間、日子は、

 あれ?
 じゃあ、もう、沙知見さんとこうして仕事外で話すこともなくなるのかな、と落ち着かなくなる。

 だが、
「今から暇か?」
と誠孝が訊いてきた。

「え?」

「片付けたご褒美に、なにかおごってやる」

「いやっ、なにをおっしゃってるんですかっ。
 お礼におごらせてくださいっ」

 そう日子は頼み込んだ。



「ほんとうにありがとうございました。
 沙知見さんがいらっしゃるまでは、片付けようもない部屋を見回しては呆然とし。
 もういっそ部屋に火をつけようかと……」

「待て。
 それだと、うちも燃えるだろうが」

 いや、物の例えですよ、ええ……。

 そんな話をしながら、楽しく食事をし、日子はまた思っていた。

 これで沙知見さんとは、ただの仕事上のかたき同士に戻ってしまうのかな、と。

 誠孝が聞いていたら、
「いや、そもそも、仇ではない。
 お前たちが往生際悪くペナルティをとられまいと頑張るのが悪いんだろうが」
と言っていたことだろうが。



 月曜日、日子に少し遅れて誠孝も思っていた。

 ……これで日子の部屋に行く理由がなくなってしまったな、と。

 今朝、行きに出会わなかったので、余計に不安になってしまったのかもしれないが。
 
 このところ、生活パターンが似ていたのか、バッタリ会うことが多かったが、会わないときは全然、会わないからな、と思う。

 ふと、
「おはようございます」
とマンション下で挨拶してきた東城を思い出し、

 俺も警備員になれば、日子と必ず会えるのに、とか、うっかり思ってしまった。

 ……いや、別に会わなくてもいいし。

 第一、仕事では嫌でも会う……

 こともあるしな。

 特に問題が起こらないときは、顔を合わせないと気がついた。

 ……問題が起こらないだろうか、といつも思わないようなことをつい思ってしまう。

 そして、日子の許に届くだろう変更指示の書かれたFAXを見ながら、

 なにか一言添えるべきだろうか、とかつてないことを考えた。

『今夜はハンバーグにしようかと思うんだが、お前、来るか』

 いやそれだと、完全な私信だろ。

 かなり迷って、誠孝は、いつもなら、自分が確認して送った証拠にサインだけを書くところに、

『お疲れ様です。
 変更よろしくお願いします。 沙知見』
と書いた。

 味も素っ気もないな、と思いながら、FAXで送る。

 そのとき、
「沙知見さーん。
 西原にしはら観光の和田さんが受付にいらっしゃってます~」
と内線電話をとった男性社員から声がかかり、急いで行った。

 あ、どうもどうもーと顔馴染みの和田というおじさんが笑顔で挨拶してくる横に、長身で濃い顔のイケメンが立っていた。

 自分の後ろから来た隣の課の課長にそのイケメンが挨拶しているのが聞こえてくる。

「はじめまして。
 このたび、平川ひらかわから引き継ぎました楓新太かえで しんたです」

 誠孝は、和田と喫茶に行きかけた足をぴたりと止めた。

「まさか……

 ベルゼブブ?」

 は? という顔を和田と課長がしていた。



「初めまして。
 ベルゼブブです」

 いや、やめてください、と誠孝は珍しく赤くなる。

 リアルなベルゼブブは、繊細で綺麗な顔をした日子の弟とはタイプの違う、彫りの深いイケメンだった。

 誠孝よりふたつ上らしい。

 リアルでも、なにかこう、ベルゼブブ、という感じがする。

 アクの強いイケメンというか。

 あのあと、お昼いっしょにどうですかと誘われて、近くの煉瓦造りのイタリアンの店に来ていた。

「いやあ、日子も呼べばよかったなー」

 ……そうですね、と思っている間に、ベルゼブブは来たパスタの写真を撮り、

「シゲタカとランチ中。
 いいだろう~」
と言いながら送っていた。

「誰にですか?」

「日子にだよ。
 で、付き合ってんの? 日子と」

 前置きもなく言われて動揺すると、そんな自分の顔を見て笑い、

「そうかー。
 付き合ってないのかー。

 いやー、実は俺も日子が好きなんだよね、よろしく」
と言ってきた。

 『俺も』って、その『も』はどこにかかるんですか、新太しんたさん。

 っていうか、例えば、万が一、

 ……そんなことはないとは思いますが、俺が日子を好きだとしたら。

 そこで、よろしくするのはおかしいのでは……?

 日子同様、いまいち、つかめない不思議な人だな、と誠孝は思っていた。

「ゲームでは仲間、恋ではライバル。
 仕事では……

 まあ、今のとこ、部署的に関係ないねえ」

 自分でライバルだ、と宣言するわりには、楽しげにベルゼブブは笑っている。

「シゲタカ、君、ゴルフとかやる?
 俺も昔はやってなかったんだけど。

 会社入ったら、おじさんたちに誘われるから、付き合いでやらざるを得ないよね~」

 そんな感じで、日子の話はほとんどなく、食事を終える。

 帰り際、さりげなく、日子を巡っての恋のライバルかもしれないと思っているのに、親しくしてていいのかとふんわり訊いてみた。

 すると、ベルゼブブ新太は、

「ああ。
 だってさ。

 ああ見えて、日子、モテるし。

 いちいち、こいつ、日子が好きらしいと思って付き合い断ってたら、遊び仲間がいなくなっちゃうからねえ」
と言う。

 あいつ、そんなにモテるのかっ?
 そんな莫迦なっ。

 絶対、それ、身内の身贔屓みびいきですよっ、新太さんっ、と誠孝は思っていたが。

「東城とかさ」
の言葉には、

 やっぱりか~っ、と思っていた。

「確か今、日子のマンションの警備員やってるから、知ってるでしょ? 東城。

 まあ、あいつもいろいろあって大変だけど。
 いい奴だから、支えてやってよ」
と新太は恋のライバルの心配をする。

 いい人だな、と思いながらも、気になっていた。

 ……いろいろあってってなんだろうな。

 俺は知らないんだが。

 東城のいない場所で、勝手に突っ込んで訊くのも悪い気がして訊けなかった。

「まあ、また一緒にオンラインゲームでもやろう、シゲタカ。
 俺は、普段は高道と、あと、イースト キャッスルっていうオンラインの友だちとチーム組んでるから」
と別れ際、笑って肩を叩かれる。

 ……イースト キャッスル。

「それ、東城じゃないんですかね……?」
と誠孝は呟いた。


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