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完璧だったはずの男
取材の依頼
「沙知見さん、楓日子さん、よくご存知ですよね」
次の日、職場でそう尋ねられ、誠孝はギクリとした。
訊いてきたのは、テレビでよく見るグルメリポーターみたいな恰幅のいい男、石田だ。
石田は社内報も作っていて、取材で社内を回っている姿をよく見かける。
「あれ?
ここのところ、あの会社、沙知見さんたちの担当ですよね?」
返事をしない誠孝に石田はそう問うてきた。
……なんだ、仕事上の話か、と誠孝はホッとした。
「社内報で取引のある会社のインタビュー記事、ちょっと載せてるじゃないですか。
あれ、評判いいんですよね~。
仕事相手の意外な面が見れて面白いとか。
担当部署じゃない人たちが、あの会社こんな会社だったのか、とかあるみたいで。
美人で感じがいいって評判の楓さんをメインに特集組みたいんですよね」
「……あいつが感じがいいのは、仕事抜きのときだけだぞ」
日子は俺のことを鬼だと言うが。
俺が鬼なら、あいつは夜叉だ、と誠孝は思っていた。
「いいじゃないですか。
仕事のときは厳しい美人。
沙知見さん、ちょっと訊いてみてくださいよ。
取材受けてくれるかどうか。
我々がいきなり言うより、よく知ってる人が言った方が受けてくれるかもしれないじゃないですか」
そうだろうか。
かえって断られそうだが、と思いながら、誠孝は日子に連絡しようとして気がついた。
……おっとっ。
あいつの個人的な連絡先より、職場宛に入れた方がいいな。
どうでした? とか言われて、さっきの石田に見せるはめになったら困るからだ。
「楓日子様
お世話になっております。
沙知見です。
会社の社内報を担当している者が楓さんを中心に、そちらの取材をしたいと言っているのですが、受けていただけますか」
だが、すぐに返信はなく、しばらくして、誠孝のスマホに直接、メッセージが入ってきた。
「すみません。
上司に確認してみます~。
あっ、すみません。
ちょっと内戦電話がっ。
また連絡しますっ」
……内戦電話。
あいつの会社でなにが起きてるんだ、と思いながら、誠孝はスマホを閉まった。
日子から電話がかかってきたのは、夕方だった。
「すみません。
今、忙しくてっ。
オッケーだそうですっ」
「そんなに時間はとらなくても大丈夫そうだぞ。
少し写真撮影があるそうだが」
「写真ですか~。
じゃあ、私は外してくださいね~」
莫迦め。
お前がメインだ。
「いや~、もう、今、乾燥して、目は血走ってるし。
ボロボロのヨロヨロなんで~」
そう日子は言うが。
職場以外では、いつもボロボロでヨロヨロの日子しか見ていない誠孝は、通常通りじゃないか、と思っただけだった。
夜、マンション向かいの歩道で信号が変わるのを待っていた誠孝は、マンション下のコンビニから出てくる日子に気がついた。
コンビニの扉に挟まれ、肩を強打している。
青になったので、渡っていくと、ちょうど肩を抑えた日子がヨロヨロやってくるところだった。
こちらを見て、
「お、お疲れ様です……」
と言う。
見てはいたのだが、つい、
「どうした」
とそのボロボロ具合に訊いてしまう。
「いや~、今、コンビニの扉に挟まれちゃって。
あれ、重いんですよね~。
なんでいきなり閉まったんだろ。
疲れて、存在感が薄くなってるのかも……」
いや、疲れて薄くなった存在感まで判定するコンビニの扉、すごすぎだろ。
「大丈夫だ。
薄くはない。
今、道の向こうから、点のような姿が見えただけで、お前だとわかったから」
と誠孝は言いながらも、
そんなマヌケな事態になるのは、こいつくらいだと思っているせいかもしれないけどな、と思っていた。
ベルゼブブ新太がいたら、
「点みたいな状態なのに見えるとか。
それは愛じゃないのか」
と言っていたかもしれないが。
まともな食事も作れぬほど疲れてそうな日子を、
いや、元気でも、いつも作れてはいないようだが……、
今日も食事に誘うかどうか、誠孝は迷っていた。
だが、こいつとの食事に酒はつきもの。
深酒したら、さらに疲れるだろう、と思い、誘わなかった。
エレベーターの中で、コンビニで買ったのだろう、がっつり弁当を見ていたし。
こいつの場合、疲れすぎて食べない、を繰り返して、弱っていく、なんてこともなさそうだ、と判断したのだ。
「お疲れ様です~」
と言いながら、フラフラ部屋に入っていく日子を誠孝は見送る。
「早く寝ろよ」
と声をかけると、
「ありがとうございます~」
と深々頭を下げたあとで、日子は扉を閉めた。
いつも見ている日子の部屋の扉。
その、しん、とした感じに妙な寂しさを感じていたが。
すぐにまた扉が開いた。
「あ、昨日はありがとうございました。
今度、私、おごるんで。
それか、うちでゆっくり呑みます?
テイクアウトで美味しいものでも買ってきて」
……やはり作る気はないんだな、と心の中で毒づきながらも、喜んでいる自分がいた。
一度、引っ込んだ日子が思いがけず、また顔を覗けて自分に微笑みかけてくれただけで、何故、こんなにも心浮き立つ感じがするんだろう。
「わかった。
ありがとう。
ゆっくり寝ろよ」
楽しみにしてる、と言おうとした。
また、呑みましょう、となにかの会の終わりに言われ、楽しみにしています、と返すときのように、さらりと普通に。
だが、それを言ったが最後、俺がほんとうに心底、誘われるのを楽しみにしてると思われるんじゃないかとか。
変に深読みしてしまって、言葉が出なかった。
パタン、と扉は閉まり、鍵のかかる音がして、もう開くことはなかった。
でも、さっき閉まったときほど、寂しくない。
それはきっと、日子が、また呑もうと誘ってくれたからだ。
それはわかる。
でも……
だが、しかしっ。
俺は楓日子も、ニチコも、職場での夜叉も、好きなわけじゃないし。
心惹かれてなどいないし。
自分のペースで動ける完璧な日常を送りたいから。
相手のちょっとした動向で心臓がバクバクするような毎日ごめんだし。
永遠に自由であるはずの自分の心を誰かに、掻っ攫われるとか勘弁して欲しいし。
そうして、自らが望んでいない以上、
俺が楓日子を好きだとか。
実は、かなり夢中になっているとか。
誰にも渡したくない。
東城にも、ベルゼブブ新太さんにも、とか思っているとか。
そんなことは絶対にない。
……はずだ、と思いながら、誠孝は自分の部屋の鍵を開ける。
今日はもう二度と開くことはないだろう日子の部屋の扉をチラと振り返り、中に入った。
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