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恋か純愛かストーカーか
恋愛に関しては勘が鈍いようだ
東城と別れ、電車を降りたあと、香椎はホームで日子のインスタを開けてみる。
日付をさかのぼり、日子が作った料理の数々を見た。
料理もテーブルウェアも配色が上品でいい感じだ。
……やっぱり、楓さんは完璧だ。
あの男の人は、私がこれ以上、楓さんを狙わないよう言ってくれたんだろう。
私が傷つかないよう、気を使って。
優しい目をしてたもんな。
「いや、このインスタに出ている四角の外側を一度見てみろ。
何処が完璧な女だっ。
そして、さっきのあいつは優しい目をしたストーカーだぞっ」
と誠孝が叫び出しそうなことを香椎は思っていた。
職場に電話する。
いつも早くに来ているシステムの部長が出た。
「すみません。
ちょっと体調が悪いので、少し遅れて行きます」
そう言い、電話を切った。
楓さんのインスタにコメントしたすべての痕跡を消し去ろう。
でも、沙知見さん側に兄がついたら、その消し去った痕跡から、逆にたどられそうだな。
素直に、ごめんなさいするべきか。
職場に行くのとは違う道を歩きながら、香椎は悩む。
誠孝が彼女に調査を頼んだのは、ある意味正しかった。
知らない間に、嫌がらせの抑止となっていたからだ。
誠孝が、彼女が犯人だと気づかなかったのは、自分が彼女に好意を持たれていると気づいていなかったからだろう。
仕事とは違い、恋愛に関しては誠孝は随分と勘が鈍かった。
数分後、香椎は日子の会社のエントランスにいた。
幸い、今日の警備員は、スマホで孫の動画が見られなくて困っていたのを助けてあげたおじさんだった。
「おはようございます」
と挨拶すると、
「おや、またここで働くの?」
と嬉しそうに言われる。
「いえいえ。
今は代理店で働いてるんですけど。
今日はちょっとしたお使いで、資料持ってきたんですよー」
と言って、中に入れてもらった。
日子がいるだろうフロアに行ってみる。
ここへ来るかどうか、かなり迷っていたので、もう始業時間は過ぎていた。
シックなカシュクールブラウスから覗く鎖骨も美しい楓日子が、にこやかに電話でなにか話している。
今の自分にそう不満はないけど。
ああいう風な人生にも憧れるな~とか思ってたから、余計、悔しかったのかな。
そんなことを思いながら、香椎は廊下から日子を眺めていた。
笑顔のまま電話を切った日子が、すっと立ち上がる。
「み~ち~な~か~っ!」
と日子が言った瞬間にはもう、若い男性社員が日子に胸倉つかまれていた。
「あんた、何回おんなじミスすんのっ。
今、途中で止めてもらったからいいようなもののっ。
代理店にでも知れてご覧なさいよっ。
悪魔が来たりて笛を吹くわよっ」
その悪魔、沙知見さんでは……。
長身でヒールを履いた日子は、その美しい顔を道中という男性社員に近づけ、
「……今度やったら、殺す」
と言ったあとで、手を離した。
ちょとした脅し文句なのだろうが。
桁違いの迫力に、道中は一番目に殺されることが決定している村人、みたいな顔で、ひいいいっと頭を抱え怯えている。
相当なミスをしたらしい彼が悪いのだが、可哀想になってきた。
「あと、鈴木くん。
……鈴木くんはどこ?
鈴木くんはどこかな……?
……鈴木くん」
ちょっと穏やかにも聞こえる声で日子が呼んでいる。
もしかしたら、全然違う話なのかもしれない、と思わせる雰囲気があったが。
この惨状の原因となった電話を受けたときに持っていた紙を日子はまだ持っている。
どうやら、道中、鈴木による連続ミスだったようだ。
香椎は足元に隠れるようにしゃがんでいる若い男がいるのに気がついた。
部署に戻って来たら、日子が暴れていたので、隠れたようだ。
ス ズ キ ク ン
死の天使のような日子の声が響く。
隠れている男はこちらに向かって激しく手を振り、
「……さ、佐藤です」
と言った。
明らかに偽名っぽかった。
現れない鈴木に日子がキレ始める。
す~ず~きは ど~こ~だ~
なくごはいねが~と髪を振り乱して暴れているように見える。
いや、実際に振り乱しているわけではないのだが。
その目つきとか、声色とか、迫力とかで、なんとなく。
気がついたとき、日子が目の前にいた。
にこ、と日子は佐藤と名乗る鈴木と、香椎に向かい微笑みかけると、鈴木の襟首をつかみ、引きずっていった。
助けてっ、と鈴木は香椎を見たが、香椎は、許してっ、と日子の迫力に青ざめたまま、鈴木を見捨てる。
「……これはひどい」
思わず、香椎は呟いていた。
そんなはずないのだが、日子は紅茶の香りを嗅ぎながら、焼き菓子をつまみ、ふふふふ、と仕事していると勝手に思い込んでいた。
「確かにこれはひどい……」
と苦笑いする声が真横で声がした。
手入れのいいショートカットの、可愛らしい女子社員が何故か自分のボブカットの髪を見ながら言う。
「日子さんたちの仕事、一瞬も気が抜けないくらい大変なんですけど。
でも、日子さん普段は、私たち新入社員が仕事に怯えないよう、全然大変じゃないよ、この仕事って感じに振る舞ってくれてるんです」
いや……この惨状を一度でも見たら、大学卒業したての新人くんたちはビビってしまうと思うが……。
彼女にもそれはわかっているようで、こっぴどく彼らを叱ったあとで、一緒に部長に謝りに行く日子を見ながら笑って言う。
「まあ、ちょっと抜けてるところもあるんですけど。
でも、そんな日子さんが私は好きです」
そのとき、真後ろからも声がした。
「俺は日子と仕事するのが夢だったんだが。
やめておくよ。
あいつと一緒に仕事したら、殺される自信がある……」
爽やかな風貌で長身の彼は、冷えてなさそうな缶コーヒーを手に震えていてた。
香椎はデスクに戻り、すでにいつもの顔で仕事をしている日子を見る。
あの二人がやってきて、日子にぺこぺこ謝っていた。
「楓さんまで残業していただかなくて結構です」
と言っているのが聞こえてきた。
日子がパソコンの画面を見たまま言う。
「なんで?
みんなでやった方が早いじゃない」
あの女子社員と震える男性社員は、いつの間にか消えていた。
夜、香椎は、日子のインスタを開けてみた。
遅くまで残業したのだろうに。
日子は、なにごともなかったかのようにデザートを作り、今日は手抜きです、と言いながら、可愛く盛り付けている。
新入社員たちにダメなところを見せたくないのと同じに。
インスタ見てくれている人たちに、現実を見せて、がっかりさせたくないんだろうな、と思う。
……ほんとうに、あれはひどかった。
あれでも楓日子を崇拝するあの子がすごいし。
沙知見さんもすごい、と思ってしまう。
ほんとうに最悪だ、楓日子。
あんな人、完璧な沙知見さんには全然相応しくないっ。
そう思いながら、香椎は、ぽちっ、といいねを押した。
スマホを投げて寝る。
夢の中で怪獣、日子が暴れていた。
「いいねを押した子、誰だ~っ」
なまはげと混ざっているっ。
っていうか、いいね押したのに、何故、探されてるっ!?
単に自分がいいねを押したと知られたくなくて見てしまった夢なのだろうか、と思いながら、いつもより遅れて出勤した駅。
香椎は電車でばったり楓日子に会ってしまった。
「あっ、確か、香椎さんっ?
お久しぶりですっ」
と日子に微笑みかけられ、思わず、
「わ、私じゃないですっ」
と叫んで、きょとんとされた――。
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