昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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これは本気の恋かもしれない

なんだか負けている気がする



「どうですか?
 いい出来でしょ、今回の社報。

 ありがとうございます、沙知見さん。
 日子さんの会社の記事、評判いいみたいです」

 社内を回ってきたらしい石田が機嫌よく言ってくる。

 だが、誠孝は内心、

 なんだ、この社報。
 回収しろ、と思っていた。

 日子が綺麗に写りすぎてるし、俺の好きなぼんやり顔じゃないし。

 この記事と写真じゃ、まるで仕事もできるいい女みたいじゃないか。

 誰かJAROに通報しないのか、と思ったが、別に日子の広告ではなかった。

「続けてはできないですけど。
 ある程度、他の会社もやったら、また楓さんの会社に戻ってきてもいいですね、記事。

 そのときはまたお願いしますよ、沙知見さん。

 ……沙知見さ~ん?」

 誠孝は聞こえぬフリをして、仕事を続けた。



 夜、誠孝はいきなり、ベルゼブブ新太に食事に誘われた。

 明日、近くまで行くので、一緒にランチでもどうかと言われたのだ。

 ……近くまで行くのでって。
 そもそもベルゼブブさんの会社、うちの会社と近かったような、と思いながらも、待ち合わせ場所まで行く。

 新しくできたスペインバル風の店だ。

 この人と行くの、呑みたくなるような店が多いな、と思いながら、パエリヤと色とりどりの小皿料理が出てくるランチを二人で頼む。

 二人前で設定されているようだし、これ、カップル向けのメニューでは……。

 そう思いながらも美味しくいただいた。

 突然、妙な理由をつけて新太が会いたいと言ってきたので、なにかあるのでは? と勘繰かんぐってしまっていた誠孝だったが。

 普通に仕事やゲームの話などして、楽しくランチは進んだ。

 だが、
「今度ここで、ばあさんの米寿の祝いをやるんで、その予約も兼ねてここにしたんだ」
と新太が言い出した辺りから、ちょっと雲行きが怪しくなってきた。

「それはおめでとうございます」

 おばあさんの米寿の祝いなのに、スペイン料理でいいのだろうかと思っていたのだが。

 おばあさん自身がスペイン料理が好きなのだということだった。

「暇を見つけては海外行ってるような、ばあさんだからな」

 新太はそう言ったあとで、
「日子がばあさんを迎えに行って連れてくるんだ」
と突然、日子の話題を出してきた。

 誠孝はようやくそこで気がついた。

 そういえば、ここまで一度も日子の話が出ていない。

 自分と新太は、日子を介しての知り合いのようなものなのに、ちょっと変だな、とこの時点で思った。

 新太が炭酸水の入ったグラスを手に、満席のカウンターの方を見ながら訊いてくる。

「シゲタカ、お前のところの社報は見たか」

 ……うちの社報ですからね。

「日子の写真、よく撮れてたな」

「私は別の写真の方が好きだったんですけどね」

 思わずそう言うと、どれだ? と言うので、誠孝はスマホの画面に、あのぼんやり顔の日子の写真を出して見せた。

 身を乗り出してそれを見た新太は、
「日子らしくていいじゃないか。
 転送しろ」
と言ってくる。

 同意してくれる人がいて、嬉しいと一瞬喜んだが。

 こんな世間的にはマヌケた顔をしているのだろう日子の写真をいいと言うなんて。

 ベルゼブブさんは、やはり本気で日子が好きなのだろうかと不安になる。

 いや、初対面で好きだとは言っていたが。

 やっぱり、冗談なのかな? と疑うくらいの雰囲気だったのに。

 今、日子の話題を出す新太に、あのときほどの余裕がないように感じられた。

「ときにシゲタカ。
 お前、日子と出かけることはあるのか」

「ありますね」

 ふうん、と言った新太はゆっくり海老をむいて食べたあとで、
「……例えば?」
と訊いてくる。

 いや、今、海老むいてる間、ずっと日子と二人で何処行ったんだろうとか考えてたんですか?

 いやいや、新太さんのことだ。
 海老のことだけ考えてむいていたのかもしれない。

 むき終わってようやく、停止していた脳が動き出して訊いてきたのかも、と誠孝は思い直した。

 沈黙している間、ずっと日子と自分のことを考えていたとか。

 新太の日子に対する本気度が高そうで遠慮したい。

「いつも行くのは、一階のコンビニとかですね」

 誠孝がそう答えると、安心したように新太は笑ったが。

 次の瞬間にはすぐ、真面目な顔になり、訊いてきた。

「それはふたりで普段着で行くのか?」

 いや、そこ、大事なとこですか……?

「いえ、大抵、帰宅したとき、ばったりエントランスか廊下で会って、一緒に行くので、スーツですね」

 ……そういえば、宅配業者はもう見たかもしれないのに、俺はあのもふっとしたルームウェアの日子をまだ見ていないっ。

 そもそも、うちに呑みに来るときも、あいつ、わりとカチッとした格好で来ているような、と誠孝は気がついた。

 ベルゼブブさんは親戚だし。

 ゆるい格好の日子をいつも見ているに違いない。

 なんだか負けている気がするっ、と誠孝は不安になる。

 今、ベルゼブブさんが服装を訊いてきたのも、俺と日子の親密さの度合いをはかるためだったのではっ。

 その証拠にもう話が切り替わって、日子の話題ではなくなっている。

 日子の親戚である新太に、お前たちの関係、まだまだだな、と言われた気がして、誠孝は少し焦りはじめていた。

 いや、日子を好きでないのなら、なにも焦る必要などなかったのだが。



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