昨日、あなたに恋をした

菱沼あゆ

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これは本気の恋かもしれない

緊張してしまいます


 節子がお手洗いに立ったとき、隣でゲーム画面を見つめていた誠孝が呟いた。

「もっと、しょぼくない名前にすればよかったな」

 誠孝はまだゲーム内の名前のことを気にしているようだった。

 まあ確かに、他のメンツに比べれたら、我々、インパクトにかけますけどね、と思いながらも日子は言う。

「大丈夫ですよ。
 全然しょぼくないですよ」

 私はともかく、シゲタカさんがしょぼいとか。

 何事においても、そんなことあるわけないじゃないですか。

 そう思ったとき、誠孝がぼそりと言った。

「でもまあ、いつもシゲタカって名前を使ってるから、お前に名前呼んでもらえたんだよな」

 ……え?

「日子」

「は、はい……」

「俺は日子だが、お前はまだシゲタカなのを感じる」

 音で聞いたらよくわからない感じだが。

 誠孝がなにを言いたいのか、わかる気がした。

 気のせいでしょうか。

 今、こう、心の距離みたいなものがグッと近づいたような。

 いやいや、きっと気のせい……と日子は思ったが、誠孝はなにも言わずに日子を見つめている。

 どっ、どうしたらっ、どうしたらっ、
と日子が焦っている頃、

 呑み会があったので、ゲームに参加できなかったイーストキャッスル東城は夜道を歩いていた。



 友人たちと別れ、まだ明るい街中を歩いてた東城だが、住宅街の道に入ったとき、異変を感じた。

 今、この道には、東城の前に、土曜だというのに会社帰りっぽいおじさんがひとり歩いているだけなのに。

 何故か複数の足音が響いている。

 ひとつ、ふたつ……

 みっつ?

 東城は背後を振り返ってみたが、やはり誰もいない。

 足を速めてみた。

 すると、後ろの足音たちも慌てたように速くなる。

 そして、何故か前を行くおじさんも速くなる。

 東城は更に足を速めてみた。

 おじさんも振り返りながら小走りになる。

 そのうち、二人とも駆け出していた。

 東城はおじさんを追い抜き、ちょうど見えた日子のマンションのエントランスに駆け込んだ。

「助けてっ!」
と叫んだのは、東城ではなく、おじさんだった。

 東城に追われる感じになったおじさんも、なんだかわからないまま、つられて一緒に逃げ込んだようだった。

「どうしたの?」

 顔見知りのおじいさんの警備員が驚きながら言ったとき、後ろから、どどどど……と三つの足音も駆け込んできた。

「どうしたんですかっ、東城さんっ。
 急に駆け出したりしてっ」
と現れた裕子が叫んだ。

「誰かがあなたをつけてたとかっ?」
と香椎が騒ぐ。

「私、見ましたっ。
 この人があなたの後をつけてるのをっ」

 謎の女が叫び、裕子を指さした。

「私も見たわ、この女が後をつけてるのをっ」
と裕子が香椎を指さす。

「なに言ってるのよ、私も見たわっ。
 こいつが東城さんの後をつけてるのをっ」
と香椎が謎の女を指さしたあとで、言った。

「……誰、こいつ」

 三人の話を聞きながら、東城は、日子たちがいつぞや思ったのと同じことを思っていた。

 だから、お前らはそれを何処から見てたんだ……と。

「あっ、あんたが例の社長令嬢ねっ」

「だったら、なにっ?
 っいうか、あなたたち、誰っ。

 なんで私の東城さんのあとをつけてるのっ」

「なにが私の東城さんよっ。
 東城さんは、私の東城さんよっ。

 私のでないのなら、日子さんのよっ」

 揉めはじめる女たちの前で、サラリーマンの人が警備員のおじいさんに訴えていた。

「怖かったですっ。
 夜道を歩いていたら、このお兄さんがサイボークがなにかみたいな顔でどんどんスピードアップして追ってきてっ」

「それは大変でしたね~」
と警備員さんは苦笑いしながら、巻き込まれたサラリーマンのおじさんを慰めていた。



「香椎さんは沙知見さんが好きなんじゃなかったんですか?」

「確かに私は学生時代から沙知見さん一筋でした。
 でもこの間、東城さんのやさしさに触れ、この人を好きになってみようと思ったんですっ」

 裕子からの問いにそう答えたあと、香椎は東城を向いて言った。

「東城さんっ、あなたのために、なにかさせてくださいっ」

 じゃあ、ストーカーをやめろ……と全員が思っていたその頃、日子と誠孝は襖を挟んで会話しながら、眠りにつこうとしていた。

 

「あの~、私、お雛様に見つめられてるんですけど」

「俺は鎧兜と弓矢に囲まれてるんだが……」

 日子は雛人形の間、誠孝は鎧兜の間に布団を敷いてもらっていた。

 二人で襖越しに会話する。

「たくさんのお雛様の中で寝るのも怖いと思うんですけど。
 もうほとんど片付いてガランとした中に、ぽつんと残ったお雛様に見つめられてるのも怖いです」

 雛壇が先に片付けられ、ダンボールの上に置かれてるやつなんか、かなり目線が近いのでより怖い。

「こっちはまだあんまり片付いてないから、完全に取り囲まれてるが。
 やっぱり、それも怖いぞ」

 他の部屋もあるのに、何故、ここ、と日子は節子に訊いたのだが。

「女性の部屋、男性の部屋ってわかりやすくていいじゃない。
 夜中にトイレ行ったあと、間違えて入りそうになっても気づくでしょ」
と笑って言われた。

 いや、そもそも部屋、離していただければ、間違えてシゲタカさんの部屋に入ることはないんじゃないですかね?

 二階の空いてる部屋とか、と思ったとき、誠孝が言った。

「開けてもいいぞ」
「え?」

「怖いのなら、襖、開けててもいいぞ」

 開けてやろうか、と誠孝は言う。

 ……いやいや。
 照れるではないですか。

 襖がなくなると、二人で布団並べて寝てるみたいになっちゃいますよ。

 いつも並んで行き倒れて寝ているのかもしれないが。

 最後はもう雪山に倒れ込むみたいな感じで寝ているので、隣に誠孝がいるから、恥ずかしくて寝られないということはない。

 だが、今は緊張感がわずかに残っていた酔いも吹っ飛ばしてしまったので、なくてもいい理性がありありだった。

 すごい格好で寝てるのとか見られたくないっ、と日子が思ったとき、襖が開く音がした。

 双方の布団はかなり襖の近くに敷いてあり、襖がなくなると、ほんとうに隣に敷かれているみたいだった。

 誠孝は襖を開けると自分の布団に戻り、こちらを見つめてくる。

 あの……お雛様に見つめられるより、緊張するんですけどっ。

 日子はぎゅっと布団を握り、鼻先まで引き上げた。

 節子がかけてくれた新品の、昔ながらのシンプルな布団カバーの匂いが強くする。

 そのパリッとした感じが旅館やホテルのシーツを思わせて、二人で旅に出たら、こんな感じなのかなと日子は思った。

「あの」
「なんだ」

「やっぱり、二人でグランピング無理です」

 つい、日子はそう言ってしまう。

「何故だ」

「シゲタカさんと二人で泊まると、緊張しそうだからです」

「心配するな、俺も緊張している」

 ……いやそれ、心配しなくていい理由になってません、と思ったとき、誠孝がいきなり、

「日本家屋って」
と語り始めた。

 日本家屋がどうかしましたか。
 建築学の話ですか?
と思ったのだが、誠孝は開け放った襖の方を見ながら、ただ、

「便利だな」
と言ってきた。

「えっ? 便利?」

「洋室だったら、戸を開けても、同じ部屋感がないが。
 和室だと、襖開けただけで、同じ部屋に寝てる感じがするな」

 そ、そうですね。

 確かに、これが洋室だったら、あ、戸が開いてる、としか思わないですね……。

 誠孝は日子の方を向いて横になったまま、目を閉じた。

「まあ、お前が行かないと言うなら仕方がないが。

 俺は……

 結構楽しみにしてる」

 おやすみ、と言って、誠孝は反対側を向いてしまった。

 その背中を見つめながら、日子は思っていた。

 そうですね。
 実は私もちょっと楽しみにしてました。

 楽しみにしすぎて……

 緊張しちゃうんですよね。

 でも、行かなかったら、ずっと後悔しそうな気がします。

 そう思った日子は、寝ている誠孝の背に向かい、言った。

「私も……

 楽しみにしてます、ほんとは」

 もう結構時間が経っていたので、誠孝は寝ていると思っていたのだが。

「……うん」
と小さく頷く声が聞こえてきた。



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