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これは本気の恋かもしれない
それは危険な行為だ
広い施設内を見て回るだけで、結構時間がかかったが、楽しかった。
バーベキューをやっている家族連れもたくさん見たが、日子たちは夕食がバーベキューになっていたので、昼は普通に、レストランに入って湖を眺めながら食事をする。
ガラス張りの店内から湖を眺めていた日子は呟いた。
「……やはりあれに乗らねばなりませんかね」
湖にはボートを楽しむ人々がいる。
グランピングだし、トレーラーハウスなのでテントを設営する時間などもいらない。
バーベキューの時間までかなりあった。
「……乗るか」
同じように湖を見ていた誠孝が言ってくれた。
薄曇りだからか、冷えるな。
羽織る物持ってきといてよかった、と思いながら、日子は誠孝とボートに乗っていた。
乗り場とは反対側の岸の方は木々が茂っていて、湖の上まで枝葉が張り出している。
日子はその緑越しに空を見上げながら、
「素敵ですね」
と言ったあとで、誠孝に言った。
「ボートって、二人で同じ方向向いて二人で漕ぐのかと思ってました」
「湖の何処に向かって突進してく気なんだ、そのボート……」
そういうのって、川下りとかだろうかな……。
ゆったりとした湖のボートは漕ぐのは誠孝だけで、日子は向かいに座り、誠孝を眺めているだけでよかった。
いや、本来眺めるべきなのは湖とか景色なのだろうが。
日子は、腕まくりして漕いでいるシゲタカさんの腕、格好いいな、とつい、眺めてしまっていた。
会議のときくらいしかシゲタカさんの仕事風景って見れないけど。
腕まくりしてパソコン打ってても格好いいだろうな~とか思ってしまう。
でも、シゲタカさんだけに漕がせちゃ悪いな、と思った日子は、
「かわりましょうか」
と言ってみた。
「……かわりたいのか」
と言う誠孝は、特にかわりたくはないようだった。
楽しいのかな、ボート漕ぐの、と日子は思う。
「でも、ボートって言うと、事件が起こりそうですよね。
岸に戻るときは大抵、ひとりなんですよね」
「お前の大抵はなにに基づいてるんだ。
この場合、どっちが殺されるんだ、俺か? お前か?」
そう誠孝が言ったとき、ぽつり、と日子の頬に雨の雫が落ちた。
「あ」
と見上げた瞬間に、どーっと滝のような音がして、突然、スコールのように降り始める。
「ええっ?」
「日子、大丈夫かっ?
急いで岸に戻ろうっ」
雨が打ちつける中、誠孝はスピードを上げて漕ごうとする。
「かわりましょうかっ」
「余計遅くなるだろうがっ」
「こっち側にもオールがついてればよかったんですけどっ」
いやそれ、助けになるのか? という顔を誠孝はする。
「なんかお前、向かい合って座ってるのに、俺と同じように漕いで、ボートを動かなくしそうだぞっ」
言い合う声もよく聞こえないぐらい雨の音だ。
「しっ、誠孝さんっ、あと少しで岸ですっ」
他のボートも一生懸命岸に向かって漕いでいる。
途中で、他のボートのカップルと目が合った。
大変なことになりましたねっ。
頑張りましょうっ、と目と目で会話し合う。
妙な連帯感が生まれていた。
「なんか、ほんとに奴隷船みたいになってきた……」
と誠孝が呟いた瞬間、日子も叫んでいた。
「すみませんっ。
私が奴隷船に乗りたいと言ったばっかりにっ」
この会話が雨音で近くのボートの人に聞こえなかったのは幸いだっただろう。
次々、ボートが岸に着き、みんな降りていく。
「いや~、大変でしたね~」
とさっきのボートの女の子とたまたま一緒になったので、笑い合ったとき、いきなり雨がやんだ。
えっ? と日子は空を見上げる。
「晴れましたね……。
あっ、向こう虹っ」
今の雨、なんだったというくらいの勢いで西の方から晴れてくる。
風が強くて、雲が早く流れていったのだろうか。
二重の虹が山にかかっていた。
「すごいっ。
頑張ったご褒美みたいですねっ」
一緒にひどい目にあったあと見たゴージャスな二重の虹に、見知らぬ者同士手を取り合って喜んだ。
バーベキューをしていたらしい人たちも軒下から笑顔で虹を見上げている。
キャンプ場の人たちが心をひとつにした瞬間だった。
みんな、スマホで虹を写真に撮り始める。
日子もスマホのカメラに、濡れている木々の向こうの虹を収めたが、誠孝が、
「待った」
と日子の手首をつかんだ。
「インスタに、今、上げるなよ」
「あっ、そうか。
外出先から写真を上げると、泥棒が入るって言いますもんね」
「いや、入るんじゃなくて、ここに来る」
と日子の手首をつかんだまま誠孝は言った。
えっ? ここに来る?
「泥棒が?」
と日子は訊いたが、誠孝は、
「ストーカーが」
と言う。
「そして、おそらく、そのストーカーのストーカーもぞろぞろついてくる……」
そう誠孝は眉をひそめて言ってきた。
湖畔に張り出したウッドデッキからは山と湖の上に広がる星空がよく見えた。
ここは灯りが少ないからだろう。
他の客たちも夕食どきのようで、あちこちのウッドデッキにランタンの灯りが灯っている。
日子たちのテーブルもランタンと幾つかの、グラスに入った小さな蝋燭の灯りで照らし出されていた。
「ちょっと寒くないか?
大丈夫か?」
と誠孝に訊かれ、いえ、と日子は微笑んだ。
「シ……誠孝さんは大丈夫ですか?」
「俺はそんな薄着じゃないから」
誠孝は日子の避暑地によく似合うワンピースを見て言う。
「大丈夫です。
ジャケットも羽織ってるので」
日子は厚手の白いジャケットの袖を軽く手で叩きながら笑ってみせたが。
実は、日子を暖かくしているものはそれだけではなかった。
下から吹き上げてくる湖の風で冷えることは想定済みだった。
ワンピースは初夏らしい色柄だが、実は生地が厚く。
ワンピースの柄と同じ紺色のタイツに至っては裏起毛だった。
そして、バックストラップのパンプスにはつま先用カイロが仕込んである。
お洒落と季節感と暖かさを同時に叶えるのって難しいっと寒がりな日子は思っていた。
だが、今日、この日のために、ない知恵を絞ってこの一週間考え、ちょうど良さそうな服を探し歩いたのだ。
いつも一緒にいる誠孝さんと、ちょっと出かけるだけなのに。
いつもだらしない格好見せてるのに、今更だと思うのに。
なんで頑張ってしまったんだろうな、と日子は自分で自分を不思議に思っていた。
誠孝がそんな日子の心の声を聞いていたら、
「いや、お前の中のだらしない格好ってどれなんだ。
俺はまだ、例のパジャマっぽい部屋着も見てないんだが」
と思っていただろうが。
「最高ですね、グランピング」
よく冷えたスパークリングワインを呑みながら日子は笑う。
「なにもしなくていいし。
次々お料理出てくるし」
ほとんどの料理は出来上がって運ばれ、ただ目の前で火にかけられるだけだ。
「……俺はこれがキャンプである意味をちょっと見失っているけどな」
と言いながら、誠孝はダッチオーブンに野菜やハーブとともに盛られた骨つき肉を見ながら呟く。
一応、魚介類を自分たちで焼いたりはしているのだが、それも頼めばスタッフがやってくれるようだった。
日子は吹き付ける風にちょっと震えながらも、月明かりを映す湖を見ながら、
「素敵ですね。
今度またみんなで来たいですね」
と呟いた。
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