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#9-②
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コツン、コツン、とヒールが石畳にあたる音が響く。地下へと続く階段はそう暗くなく、拷問部屋へと続いているとは到底思えないほどに整備されていた。それもそのはず。パルテン王たちはここに重罪人と判決された者たちを収監し、定期的に貴族を招いては公開拷問をしていたのだ。拷問とは情報を聞き出すための手段であったはずが、その場では目的に成り代わっていた。
「それにしても催眠とやらは好奇心をすこぶるくすぐりますね」
アーシェンは顎に指をあて、目の前の情景を観察した。
鉄格子の向こう側は貴族に見せるステージともあって、下級貴族の部屋とも変わらないほどに整備されている。そこには今、所狭しとベットが並び、その上にはこの城の使用人だった者たちと臣下が一様に眠っている。
「君に興味を持ってもらえてうれしいよ。大きな海の向こうの国の技術らしくてね。その国では刑罰の中に催眠が入っているらしいんだ。ハネムーンはその国にしようか?」
「あら、ご冗談を。でも、その国とやらには興味がありますのでひとりで行ってみようかと思いますわ」
「…気が向いたら言ってくれよ?」
カミールは乾いた笑みをこぼしながら鍵を開けた。カミールの案内のもと足を踏み入れればふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。かぐわしい、魅惑的なその香りは、なにか抗いがたい衝動を掻き立てているような気がして落ち着かない。
そっと手をカミールが握る。驚くほど冷たくて、同時にぼんやりしていた頭がはっきりした。
「気をしっかり持って。でないとのまれてしまうよ」
「…助かりました。ありがとうございます」
「うん。さ、行こうか」
袖をまわり。奥へと進めば香りの元の近くに立つ男が見えた。シルエットでさえも分かるそのフィジカルの持ち主は一人しかいない。
「ヒパラテム。首尾はどうかな」
「なんの問題もない。地下の湿った牢からすでに全員ここに移った。ただ…」
「ただ?」
「麻薬中毒の重症者には催眠がかかりにくい状態でな…まあ、中毒になっている状況がそもそも催眠がかかっているようなものだからな。とりあえず、お前の言ったことは全部やった。まだ何かあるか?」
「いいや、十分だ。催眠のかかりにくい輩というのはあの三人だろう?」
ヒパラテムは黙って首肯する。
「殿下。あの三人とは?」
「陛下と右大臣の侯爵、左大臣のモリア公爵だよ」
「え…」
「うん。叔父上も薬漬けだったんだ。ここ一ヵ月で致死量にも近い量を摂取していたらしい。でも君のせいではないからね? きっかけがどうであれそれを選んだのは叔父上だ。なにから逃げたかったのか、その快楽に溺れただけなのかはわからないけど、彼らにはパルテン王国と一緒に死んでもらう。だからヒパラテム、彼らが逃げないようにしてくれればいい。禁断症状で暴れるようなら鎮静剤を。薬はそこにあるからね」
「…わかった」
器具の片づけをするヒパラテムの姿は報告に来た時のそれとは正反対で違和感が拭えなかった。それに羨ましいとさえ思う。はっきりと主従の線を引かれるよりも今のようにくだけた言い方の方が距離が近い気がするのだ。
「…ヒパラテム」
試しに名を呼んでみた。すると彼は手を止め、アーシェンの前に跪いた。「何なりと」
「…君、俺にはそんな態度とったことないよね? どういうこと?」
「…」
「わたくしも気になりますわ。教えてくださる?」
「はっ。言葉にしがたいのですが…わたしの中の本能、というのでしょうか。それが訴え続けるのです。この方には逆らうな、と…」
水を打ったように沈黙が広がる。
アーシェンとカミールは静かに顔を見合わせ、吹き出して笑った。屈託なく笑うその顔は、公爵令嬢でも、王子の婚約者でも、第二王子でも叛逆者でもなかった。ただの少女と少年が腹を抱えて笑っているだけであった。
「それにしても催眠とやらは好奇心をすこぶるくすぐりますね」
アーシェンは顎に指をあて、目の前の情景を観察した。
鉄格子の向こう側は貴族に見せるステージともあって、下級貴族の部屋とも変わらないほどに整備されている。そこには今、所狭しとベットが並び、その上にはこの城の使用人だった者たちと臣下が一様に眠っている。
「君に興味を持ってもらえてうれしいよ。大きな海の向こうの国の技術らしくてね。その国では刑罰の中に催眠が入っているらしいんだ。ハネムーンはその国にしようか?」
「あら、ご冗談を。でも、その国とやらには興味がありますのでひとりで行ってみようかと思いますわ」
「…気が向いたら言ってくれよ?」
カミールは乾いた笑みをこぼしながら鍵を開けた。カミールの案内のもと足を踏み入れればふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。かぐわしい、魅惑的なその香りは、なにか抗いがたい衝動を掻き立てているような気がして落ち着かない。
そっと手をカミールが握る。驚くほど冷たくて、同時にぼんやりしていた頭がはっきりした。
「気をしっかり持って。でないとのまれてしまうよ」
「…助かりました。ありがとうございます」
「うん。さ、行こうか」
袖をまわり。奥へと進めば香りの元の近くに立つ男が見えた。シルエットでさえも分かるそのフィジカルの持ち主は一人しかいない。
「ヒパラテム。首尾はどうかな」
「なんの問題もない。地下の湿った牢からすでに全員ここに移った。ただ…」
「ただ?」
「麻薬中毒の重症者には催眠がかかりにくい状態でな…まあ、中毒になっている状況がそもそも催眠がかかっているようなものだからな。とりあえず、お前の言ったことは全部やった。まだ何かあるか?」
「いいや、十分だ。催眠のかかりにくい輩というのはあの三人だろう?」
ヒパラテムは黙って首肯する。
「殿下。あの三人とは?」
「陛下と右大臣の侯爵、左大臣のモリア公爵だよ」
「え…」
「うん。叔父上も薬漬けだったんだ。ここ一ヵ月で致死量にも近い量を摂取していたらしい。でも君のせいではないからね? きっかけがどうであれそれを選んだのは叔父上だ。なにから逃げたかったのか、その快楽に溺れただけなのかはわからないけど、彼らにはパルテン王国と一緒に死んでもらう。だからヒパラテム、彼らが逃げないようにしてくれればいい。禁断症状で暴れるようなら鎮静剤を。薬はそこにあるからね」
「…わかった」
器具の片づけをするヒパラテムの姿は報告に来た時のそれとは正反対で違和感が拭えなかった。それに羨ましいとさえ思う。はっきりと主従の線を引かれるよりも今のようにくだけた言い方の方が距離が近い気がするのだ。
「…ヒパラテム」
試しに名を呼んでみた。すると彼は手を止め、アーシェンの前に跪いた。「何なりと」
「…君、俺にはそんな態度とったことないよね? どういうこと?」
「…」
「わたくしも気になりますわ。教えてくださる?」
「はっ。言葉にしがたいのですが…わたしの中の本能、というのでしょうか。それが訴え続けるのです。この方には逆らうな、と…」
水を打ったように沈黙が広がる。
アーシェンとカミールは静かに顔を見合わせ、吹き出して笑った。屈託なく笑うその顔は、公爵令嬢でも、王子の婚約者でも、第二王子でも叛逆者でもなかった。ただの少女と少年が腹を抱えて笑っているだけであった。
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