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25.詳しく話しなさい
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起きてすぐ、アルは医者を呼んできた。王医の中で唯一の女医で、ケイトと名乗った。
「ご気分はいかがですか?」
「悪くはないわ。幸い、傷もないでしょう?」
「ええ。傷はございません」
ケイトのその言い方が何か引っかかった。けれど、聞いてもいいことなのかどうか迷う。
「軽く健康診断もおこないました。差し出がましいかもしれませんが、もう少しお食事を増やされた方がいいかと。そのほかは何の問題もございません」
「あら、そう。…嘘偽りないかしら?」
「…」
あからさまにケイトは顔をしかめた。王侯貴族は自分の腹に内を隠しつつ相手の腹の内を探る生き物だから、そんな中で生きてきた私にはケイトの反応が新鮮で面白い。しかしその心は読めなかった。隠していることを当てられて気まずいのか、それとも。
「わたくしの前で、嘘偽りは許しません。もう一度聞きます。噓偽りないかしら?」
私を見つめたまま、ケイトは下唇を噛んでしばらく黙った。流れた静寂は、唐突に破られた。
「…誘拐されたということでしたので、リリー様の純潔も調べさせていただきました。そこから分かったことですが、これは…その、」
「要領を得ませんね…。このことであなたの立場、命が脅かされることはないと約束しましょう。何か問題があったのかしら?」
ごくりと固唾を嚥下して、覚悟を決めたようにケイトは口を開く。
「リリー様は御子をお生みになれません」
「…。詳しく話しなさい」
「はい」
聞けば、私が獣人と人間との間の子供であることで受精率、着床率が限りなくゼロに近い上に子宮が弱く、死産の確率が高いという。相手が人間であれ、獣人であれ、その事実は変わらないと重々しくケイトは語った。
レオナルドの子を、産めない。
頭を金づちか何かで思いっきり殴られたような感覚に陥った。王妃として世継ぎの心配、というのではない。自分が、女として役立たずであると気づかされての絶望でもない。ただ、この事実を知ったレオナルドの態度が気になった。
いや、気になるどころではない。薄っすら恐怖にも似たものが胸を締め付ける。
子が産めない身体なら、あのままデクリート帝国に残っていたとしてもいずれ皇宮から追い出されていただろう。そうなったとき、今のようなどす黒い何かは生まれただろうか。
「分かったわ。このことは他言無用です。…下がりなさい」
軽く頭を下げて、ケイトは部屋を出て行った。入れ替わりにアルが入ってくる。
「おはようございます。謁見願いが来ておりますが、いかがなさいますか?」
「誰かしら?」
「マキシマム殿下です」
「先に何か軽食を持ってきてくれる? アフタヌーンティーをマキシマム殿下といただくわ」
「準備いたします」
アルはほかの侍女を厨房に行かせ、マキシマムの従者に私の意向を伝えて、着替えと化粧、ヘアセットまで目が回る勢いでこなす。
されるがままも慣れたものではあるけれど、私にはいつもより余裕がない。
世継ぎのためだけにここにいるのではないのは自分が一番わかっている。女だからと馬鹿にされ続けた王太子妃教育のさなか、身につけたのは両手からこぼれるほどの知識と応用力だ。たかだか身体に異常があったところで問題では…ないと言えるだろうか。
何度も同じところで疑問が立つ。どんなに考えたところで答えの出ない堂々巡りであることは三週目くらいで分かりきってはいたけれど、何をしようとも頭の中はそのことでいっぱいだった。
せっかく用意してもらったサンドイッチも喉を通らずひとつ食べただけで下げさせた。
「お加減かよろしくないのですか?」
心配そうにアルは言う。良いか悪いかで言えば良い方だろう。にこりと笑って「大丈夫よ」というにとどめた。アルがそれ以上聞いてくることはなかった。
「ご気分はいかがですか?」
「悪くはないわ。幸い、傷もないでしょう?」
「ええ。傷はございません」
ケイトのその言い方が何か引っかかった。けれど、聞いてもいいことなのかどうか迷う。
「軽く健康診断もおこないました。差し出がましいかもしれませんが、もう少しお食事を増やされた方がいいかと。そのほかは何の問題もございません」
「あら、そう。…嘘偽りないかしら?」
「…」
あからさまにケイトは顔をしかめた。王侯貴族は自分の腹に内を隠しつつ相手の腹の内を探る生き物だから、そんな中で生きてきた私にはケイトの反応が新鮮で面白い。しかしその心は読めなかった。隠していることを当てられて気まずいのか、それとも。
「わたくしの前で、嘘偽りは許しません。もう一度聞きます。噓偽りないかしら?」
私を見つめたまま、ケイトは下唇を噛んでしばらく黙った。流れた静寂は、唐突に破られた。
「…誘拐されたということでしたので、リリー様の純潔も調べさせていただきました。そこから分かったことですが、これは…その、」
「要領を得ませんね…。このことであなたの立場、命が脅かされることはないと約束しましょう。何か問題があったのかしら?」
ごくりと固唾を嚥下して、覚悟を決めたようにケイトは口を開く。
「リリー様は御子をお生みになれません」
「…。詳しく話しなさい」
「はい」
聞けば、私が獣人と人間との間の子供であることで受精率、着床率が限りなくゼロに近い上に子宮が弱く、死産の確率が高いという。相手が人間であれ、獣人であれ、その事実は変わらないと重々しくケイトは語った。
レオナルドの子を、産めない。
頭を金づちか何かで思いっきり殴られたような感覚に陥った。王妃として世継ぎの心配、というのではない。自分が、女として役立たずであると気づかされての絶望でもない。ただ、この事実を知ったレオナルドの態度が気になった。
いや、気になるどころではない。薄っすら恐怖にも似たものが胸を締め付ける。
子が産めない身体なら、あのままデクリート帝国に残っていたとしてもいずれ皇宮から追い出されていただろう。そうなったとき、今のようなどす黒い何かは生まれただろうか。
「分かったわ。このことは他言無用です。…下がりなさい」
軽く頭を下げて、ケイトは部屋を出て行った。入れ替わりにアルが入ってくる。
「おはようございます。謁見願いが来ておりますが、いかがなさいますか?」
「誰かしら?」
「マキシマム殿下です」
「先に何か軽食を持ってきてくれる? アフタヌーンティーをマキシマム殿下といただくわ」
「準備いたします」
アルはほかの侍女を厨房に行かせ、マキシマムの従者に私の意向を伝えて、着替えと化粧、ヘアセットまで目が回る勢いでこなす。
されるがままも慣れたものではあるけれど、私にはいつもより余裕がない。
世継ぎのためだけにここにいるのではないのは自分が一番わかっている。女だからと馬鹿にされ続けた王太子妃教育のさなか、身につけたのは両手からこぼれるほどの知識と応用力だ。たかだか身体に異常があったところで問題では…ないと言えるだろうか。
何度も同じところで疑問が立つ。どんなに考えたところで答えの出ない堂々巡りであることは三週目くらいで分かりきってはいたけれど、何をしようとも頭の中はそのことでいっぱいだった。
せっかく用意してもらったサンドイッチも喉を通らずひとつ食べただけで下げさせた。
「お加減かよろしくないのですか?」
心配そうにアルは言う。良いか悪いかで言えば良い方だろう。にこりと笑って「大丈夫よ」というにとどめた。アルがそれ以上聞いてくることはなかった。
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