総務部人事課慰労係

たみやえる

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 結論からいうと、ギッタギタに怒られた。誰に? って、専務に。

 とうとう来てしまった専務と、もじゃ髪社長改めリチャード氏からも、私がつけちゃったキスマークを隠すべく、いわゆるバレーでいうブロックの動作を精一杯した。王子様、背が高いのよ。何センチあるんだろ。隠せてる自信が無い。

「ちょっと、あなた、何ふざけているのっ。やめなさい」

——やめられるわけない。(ピョンピョン)

「「……ぶっ……」」

「社長も、リチャード社長も、何を笑ってらっしゃるのですか。ああっ恥ずかしい。やめなさい、あなたっ。これからね、大事な話をしなくてはならないのよ。すぐここから去りなさい」

 社食で会った時とはまるで違う、鬼の形相の専務に怒られても、ぴょんぴょん飛び上がるのをやめるわけにいかなかった。

 私だって、これが大事な場だってわかっている。だからさ、うちの社の恥に、王子様の恥にならないようにキスマーク隠そうとしてるんだよ!?

 そしたらスッと私の頭に手が置かれて……それはリチャード氏だった。動きを止めた私が恐る恐る見ると、初め見たとき怖いくらい鋭いと思った彼の瞳の色が淡くゆるんでいた。

「貴社はずいぶんと健気な社員をお持ちだ」

「ハプニングがあったようです。うちの弁護士に着替える時間をいただいても?」

と、言ったのはうちの社長だった。髪をオールバックに撫で付け、黒のセルフレームのメガネをつけている。ちょうど照明の反射で私の角度からじゃメガネの向こうの彼の目を見られなかったけれど、顔のライン、特に口元には男性だけが持つ色気が感じられて(ちょっとイイな)って思っちゃった。

「それはいけません。人は常に死に向かって生きています。私は私の使える時間を大切にしたい」

「ではこのままでも構いませんか」

「我々が話す内容にその素敵な印が支障をきたすことはないでしょう」

 リチャード氏が目尻を下げてニヤリと笑った。その時になってようやく自分の襟についたキスマークに気づいて王子様が顔色を変えた。専務も青ざめたけれど、もう遅い。社長とリチャード氏だけが何事もなかったように平然として、

「そうですか、では」

と社長がリチャード氏に入室をうながし……。

 バタン、私と専務はドアの外に閉め出された。

 で、まあ。専務に下の階の階段に連れて行かれてガミガミ怒られて、今に至るってわけ。




 定時で仕事を終えた私はうちに帰ろうと徒歩で駅方向へ歩いていた。(あ、家じゃなくて、部屋か)氷雨先輩は自分のマンションのこと部屋って言いたがるんだ。私がうっかり家と言うと「部屋でしょ」って言い直される。4LDKもあったら、それはもう家だと思うんだけどなぁ。

(にしても、ハードだった……)

 一日を振り返る。普段なら、会えないようなえらい人たち……と私は二人の社長の顔を頭に思い浮かべた……に会っちゃったな。そしてレンのパシリの王子様にも! 敵対的とかなんとか言ってたけどさ、社長同士和やかにしているように見えた。あのモジャ髪社長、最初はおっかなく見えたけど、実際に接してみると優しそうな人だったもん。あのあとどうなったんだろ……。

(もじゃ髪社長に、ウチの会社を買収しても人員整理なんてしないでくださいって、全っ然言えなかった……)

 ごめんね。私は心の中で、会話すらしたこともないあのおっちゃん達に私謝った。歩道に面したデパートのディスプレイを除くと青い海の写真の前に色とりどりのビキニが飾られ、天井から吊るされたビニール製のカモメのモビールがゆらりとすまし顔だ。
 ちぇっと思う。
 私ってば、若いみそらの夏を満喫するための金も彼氏も、なーんにもない。
 チキショーと小さくつぶやいてみる。
 気分直しにウィンドウショッピングでもして帰ろうかなって顔を上げたその時、目に入ってしまった。
 なんと、仲良く並んで歩くレンと千賀氏の姿!
 声をあげて二人の前に飛び出すのを思いとどまったのは、氷雨先輩がレンのことを、もしかしたらヘッドハンターかも、と言っていたと思い出したからだった。
 もしそれが本当なら(尻尾を捕まえてそれを証拠に会社を辞めさせてやる。それからゆっくりと千賀氏のことゲットするんだから!)と、私は鼻息荒く二人をけはじめた……。

 そして……。

(げぇっ!)

 二人が迷わず入っていく場所に私は心の中で叫び声をあげていた。

 ハイアットリージェンシー……!?

 だってそこは!

 もし、もしもっ、もしもよ? 素敵なスパダリが私の彼氏になってくれたなら、クリスマスの夜はここで〈全てを捧げたい〉って勝手に妄想していたスーパースペシャルなホテル!


「はあぁっ!!」


 女ひとり、着古したビジネススーツじゃ入るのが躊躇いたくなるよな高級ホテルに飛び込めと?

 まさかあの二人はこれから……。 

 全てを……。

(す・べ・て!?)

 頭をよぎった破廉恥な想像に熱が集中するほっぺたを左手であおいで、時計を見れば十八時半になろうとしているところ。

(まじ? そんな? 嘘でしょう?)

 空の上の方は夜の気配を感じさせる濃い群青みを帯びてきてるけどさ、それでもまだ明るいんだよー!?
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