22 / 75
6-1
しおりを挟む
結論からいうと、ギッタギタに怒られた。誰に? って、専務に。
とうとう来てしまった専務と、もじゃ髪社長改めリチャード氏からも、私がつけちゃったキスマークを隠すべく、いわゆるバレーでいうブロックの動作を精一杯した。王子様、背が高いのよ。何センチあるんだろ。隠せてる自信が無い。
「ちょっと、あなた、何ふざけているのっ。やめなさい」
——やめられるわけない。(ピョンピョン)
「「……ぶっ……」」
「社長も、リチャード社長も、何を笑ってらっしゃるのですか。ああっ恥ずかしい。やめなさい、あなたっ。これからね、大事な話をしなくてはならないのよ。すぐここから去りなさい」
社食で会った時とはまるで違う、鬼の形相の専務に怒られても、ぴょんぴょん飛び上がるのをやめるわけにいかなかった。
私だって、これが大事な場だってわかっている。だからさ、うちの社の恥に、王子様の恥にならないようにキスマーク隠そうとしてるんだよ!?
そしたらスッと私の頭に手が置かれて……それはリチャード氏だった。動きを止めた私が恐る恐る見ると、初め見たとき怖いくらい鋭いと思った彼の瞳の色が淡くゆるんでいた。
「貴社はずいぶんと健気な社員をお持ちだ」
「ハプニングがあったようです。うちの弁護士に着替える時間をいただいても?」
と、言ったのはうちの社長だった。髪をオールバックに撫で付け、黒のセルフレームのメガネをつけている。ちょうど照明の反射で私の角度からじゃメガネの向こうの彼の目を見られなかったけれど、顔のライン、特に口元には男性だけが持つ色気が感じられて(ちょっとイイな)って思っちゃった。
「それはいけません。人は常に死に向かって生きています。私は私の使える時間を大切にしたい」
「ではこのままでも構いませんか」
「我々が話す内容にその素敵な印が支障をきたすことはないでしょう」
リチャード氏が目尻を下げてニヤリと笑った。その時になってようやく自分の襟についたキスマークに気づいて王子様が顔色を変えた。専務も青ざめたけれど、もう遅い。社長とリチャード氏だけが何事もなかったように平然として、
「そうですか、では」
と社長がリチャード氏に入室をうながし……。
バタン、私と専務はドアの外に閉め出された。
で、まあ。専務に下の階の階段に連れて行かれてガミガミ怒られて、今に至るってわけ。
定時で仕事を終えた私は家に帰ろうと徒歩で駅方向へ歩いていた。(あ、家じゃなくて、部屋か)氷雨先輩は自分のマンションのこと部屋って言いたがるんだ。私がうっかり家と言うと「部屋でしょ」って言い直される。4LDKもあったら、それはもう家だと思うんだけどなぁ。
(にしても、ハードだった……)
一日を振り返る。普段なら、会えないようなえらい人たち……と私は二人の社長の顔を頭に思い浮かべた……に会っちゃったな。そしてレンのパシリの王子様にも! 敵対的とかなんとか言ってたけどさ、社長同士和やかにしているように見えた。あのモジャ髪社長、最初はおっかなく見えたけど、実際に接してみると優しそうな人だったもん。あのあとどうなったんだろ……。
(もじゃ髪社長に、ウチの会社を買収しても人員整理なんてしないでくださいって、全っ然言えなかった……)
ごめんね。私は心の中で、会話すらしたこともないあのおっちゃん達に私謝った。歩道に面したデパートのディスプレイを除くと青い海の写真の前に色とりどりのビキニが飾られ、天井から吊るされたビニール製のカモメのモビールがゆらりとすまし顔だ。
ちぇっと思う。
私ってば、若いみそらの夏を満喫するための金も彼氏も、なーんにもない。
チキショーと小さくつぶやいてみる。
気分直しにウィンドウショッピングでもして帰ろうかなって顔を上げたその時、目に入ってしまった。
なんと、仲良く並んで歩くレンと千賀氏の姿!
声をあげて二人の前に飛び出すのを思いとどまったのは、氷雨先輩がレンのことを、もしかしたらヘッドハンターかも、と言っていたと思い出したからだった。
もしそれが本当なら(尻尾を捕まえてそれを証拠に会社を辞めさせてやる。それからゆっくりと千賀氏のことゲットするんだから!)と、私は鼻息荒く二人を尾けはじめた……。
そして……。
(げぇっ!)
二人が迷わず入っていく場所に私は心の中で叫び声をあげていた。
ハイアットリージェンシー……!?
だってそこは!
もし、もしもっ、もしもよ? 素敵なスパダリが私の彼氏になってくれたなら、クリスマスの夜はここで〈全てを捧げたい〉って勝手に妄想していたスーパースペシャルなホテル!
「はあぁっ!!」
女ひとり、着古したビジネススーツじゃ入るのが躊躇いたくなるよな高級ホテルに飛び込めと?
まさかあの二人はこれから……。
全てを……。
(す・べ・て!?)
頭をよぎった破廉恥な想像に熱が集中するほっぺたを左手であおいで、時計を見れば十八時半になろうとしているところ。
(まじ? そんな? 嘘でしょう?)
空の上の方は夜の気配を感じさせる濃い群青みを帯びてきてるけどさ、それでもまだ明るいんだよー!?
とうとう来てしまった専務と、もじゃ髪社長改めリチャード氏からも、私がつけちゃったキスマークを隠すべく、いわゆるバレーでいうブロックの動作を精一杯した。王子様、背が高いのよ。何センチあるんだろ。隠せてる自信が無い。
「ちょっと、あなた、何ふざけているのっ。やめなさい」
——やめられるわけない。(ピョンピョン)
「「……ぶっ……」」
「社長も、リチャード社長も、何を笑ってらっしゃるのですか。ああっ恥ずかしい。やめなさい、あなたっ。これからね、大事な話をしなくてはならないのよ。すぐここから去りなさい」
社食で会った時とはまるで違う、鬼の形相の専務に怒られても、ぴょんぴょん飛び上がるのをやめるわけにいかなかった。
私だって、これが大事な場だってわかっている。だからさ、うちの社の恥に、王子様の恥にならないようにキスマーク隠そうとしてるんだよ!?
そしたらスッと私の頭に手が置かれて……それはリチャード氏だった。動きを止めた私が恐る恐る見ると、初め見たとき怖いくらい鋭いと思った彼の瞳の色が淡くゆるんでいた。
「貴社はずいぶんと健気な社員をお持ちだ」
「ハプニングがあったようです。うちの弁護士に着替える時間をいただいても?」
と、言ったのはうちの社長だった。髪をオールバックに撫で付け、黒のセルフレームのメガネをつけている。ちょうど照明の反射で私の角度からじゃメガネの向こうの彼の目を見られなかったけれど、顔のライン、特に口元には男性だけが持つ色気が感じられて(ちょっとイイな)って思っちゃった。
「それはいけません。人は常に死に向かって生きています。私は私の使える時間を大切にしたい」
「ではこのままでも構いませんか」
「我々が話す内容にその素敵な印が支障をきたすことはないでしょう」
リチャード氏が目尻を下げてニヤリと笑った。その時になってようやく自分の襟についたキスマークに気づいて王子様が顔色を変えた。専務も青ざめたけれど、もう遅い。社長とリチャード氏だけが何事もなかったように平然として、
「そうですか、では」
と社長がリチャード氏に入室をうながし……。
バタン、私と専務はドアの外に閉め出された。
で、まあ。専務に下の階の階段に連れて行かれてガミガミ怒られて、今に至るってわけ。
定時で仕事を終えた私は家に帰ろうと徒歩で駅方向へ歩いていた。(あ、家じゃなくて、部屋か)氷雨先輩は自分のマンションのこと部屋って言いたがるんだ。私がうっかり家と言うと「部屋でしょ」って言い直される。4LDKもあったら、それはもう家だと思うんだけどなぁ。
(にしても、ハードだった……)
一日を振り返る。普段なら、会えないようなえらい人たち……と私は二人の社長の顔を頭に思い浮かべた……に会っちゃったな。そしてレンのパシリの王子様にも! 敵対的とかなんとか言ってたけどさ、社長同士和やかにしているように見えた。あのモジャ髪社長、最初はおっかなく見えたけど、実際に接してみると優しそうな人だったもん。あのあとどうなったんだろ……。
(もじゃ髪社長に、ウチの会社を買収しても人員整理なんてしないでくださいって、全っ然言えなかった……)
ごめんね。私は心の中で、会話すらしたこともないあのおっちゃん達に私謝った。歩道に面したデパートのディスプレイを除くと青い海の写真の前に色とりどりのビキニが飾られ、天井から吊るされたビニール製のカモメのモビールがゆらりとすまし顔だ。
ちぇっと思う。
私ってば、若いみそらの夏を満喫するための金も彼氏も、なーんにもない。
チキショーと小さくつぶやいてみる。
気分直しにウィンドウショッピングでもして帰ろうかなって顔を上げたその時、目に入ってしまった。
なんと、仲良く並んで歩くレンと千賀氏の姿!
声をあげて二人の前に飛び出すのを思いとどまったのは、氷雨先輩がレンのことを、もしかしたらヘッドハンターかも、と言っていたと思い出したからだった。
もしそれが本当なら(尻尾を捕まえてそれを証拠に会社を辞めさせてやる。それからゆっくりと千賀氏のことゲットするんだから!)と、私は鼻息荒く二人を尾けはじめた……。
そして……。
(げぇっ!)
二人が迷わず入っていく場所に私は心の中で叫び声をあげていた。
ハイアットリージェンシー……!?
だってそこは!
もし、もしもっ、もしもよ? 素敵なスパダリが私の彼氏になってくれたなら、クリスマスの夜はここで〈全てを捧げたい〉って勝手に妄想していたスーパースペシャルなホテル!
「はあぁっ!!」
女ひとり、着古したビジネススーツじゃ入るのが躊躇いたくなるよな高級ホテルに飛び込めと?
まさかあの二人はこれから……。
全てを……。
(す・べ・て!?)
頭をよぎった破廉恥な想像に熱が集中するほっぺたを左手であおいで、時計を見れば十八時半になろうとしているところ。
(まじ? そんな? 嘘でしょう?)
空の上の方は夜の気配を感じさせる濃い群青みを帯びてきてるけどさ、それでもまだ明るいんだよー!?
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる