アンバランサー・ユウと世界の均衡 第三部「時の大伽藍」

かつエッグ

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ルシアの視た光景

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 それは、とても恐ろしい光景だった。
 ルシアは、孤児院の広間に安置された、二つの小さな棺の前に立ちすくんでいた。
 棺の中には、物言わぬ亡きがらが横たわっている。
 ざっくりと斬られた胸の傷もあらわな、血まみれの少女の亡骸。
 顔を腫らし、半裸の身体もアザだらけで、ひどい暴行を受けたことが明らかなもう一人の少女の亡骸。

 「どうして、こんなことに……」

 ルシアの口から、力なく言葉が漏れた。

 「ライラ……ジーナ……どうして? どうして?」

 二人は、薬草を採りに出かけた森で、無惨な姿になって発見されたのだ。
 冒険者となって、初めてのクエストだと、はりきって出かけて行ったのに……。
 おそらく二人はそこで、盗賊団に襲われたのだろう。
 そういえば、最近、「牙」という名の、悪虐な盗賊団が出没している噂を聞いた。
 わたしが、もっと注意すべきだった。
 わたしがうかつだった。
 しかし、もはや取り返しがつかない……。

 「ごめんなさい、ライラ、ジーナ……」

 ルシアの目から涙がこぼれる。

 「う……う……うああああああ!!」

 ルシアは絶叫した。

 「どうしたんです、ルシアさん!」

 ルシアは、飛びこんできた、目の前の少年が誰だか、一瞬わからなかった。
 ひどく心配そうな顔で、自分を見つめる、その人。
 ああ、そうだ。この人は、ユウ。アンバランサーだ。
 わたしの、なによりも大事な人だ。
 わたしは、この人と出会い、そして……。
 その瞬間に、今、自分が見た恐ろしい光景についての理解が、閃光のようにルシアの脳裏を走った。
 あの光景! 無惨な死を遂げたライラとジーナの姿。
 あれは、ユウのいない世界なのだ!
 アンバランサー・ユウが、もしも、この世界に来ることがなかったとしたら、その時に現実となっていた光景なのだと。
 ルシアは、それを、焼けつくような強烈さで実感した。
 そして、確信した。
 ユウが、アンバランサーが、この世界にいなければ、ルシアをとりまく世界がどんなことになってしまうのかということを。
 ユウの存在が、この世界にどれほどのものをもたらしたのかということを。
 ユウの不在がみちびく世界の行きつく果て——その恐ろしい洞察に、ルシアは震えた。
 ルシアは、無我夢中で、ユウにしがみついて叫んだ。

 「ああ、ユウ! ユウ! わたしから、離れないで!!」

 ユウが、やさしくルシアの震えるからだを抱きとめるが、ルシアの恐怖はなかなかおさまらない。
 ユウが、ルシアにささやく。

 「だいじょうぶ、ルシア。ぼくは、なにがあってもあなたを守ると約束したでしょう?」

 しかし、ルシアの頭の中では、新たな疑問が渦巻いていた。
 なぜ、わたしはあんな光景を見てしまったのか?
 これは、なにかの予感なのか?
 まさか、ユウがこの世界からいなくなるなんてことが?
 ルシアには、その可能性に一つの心当たりがあったのだ。
 まさか、あれが?
 ゴッセンがわたしの前に現れたのは、そういうことなのか?
 でも、それだけは、それだけは現実のものとしてはならない。
 どんなことをしても、阻止しなければならない。
 たとえ、この身を犠牲にしてでも。
 ユウの存在を守らなくてはならない。

 激しい不安に苛まれ、ユウにしがみつくルシアの腕には、さらに力がこもるのだった。
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