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ライラ
しおりを挟むああ、真っ暗だ……。
何も見えない。
あっ、あそこに光が見える。
またたいてる。
あれはなんだろう?
そう考えたとたん、わたしは、その光に向かって移動していく。
光が視界いっぱいに広がっていく。
——ここは、どこ?
今、わたしの目の前には、一つの光景が展開していた。
荒野を進む、何台も連なった幌馬車の列。
よくみると、どの幌馬車にも、幌に同じ紋章がついている。
円と直線が組み合わされた、特徴ある模様だ。
みなが、同じ一族なのかもしれなかった。
馬車をまもるようにとりまく騎馬の一団もいる。
なにかを警戒しているのか、その表情は険しい。
幌馬車の列は、やがて、開けた場所でとまり、円陣を組んだ。
馬車から人が降りる。
そこには、大勢の人たちがいた。
大人も、子どももいる。 老人もいる。
男の人も、女の人もいる。
この人たちは、集団で、どこかに移住しようとしているのかも知れない。
あるいは、何かから、逃げているのかも知れない。
ともあれ、今日は、ここで一夜を明かすようだ。
野営の準備をはじめている。
煮炊きの煙があがり、ひととき、人びとの声がさざめく。
いたいけな子どもの笑い声。
やがて夜が来て、一日の行程に疲れた人々が、深い眠りにつく。
だが、深夜、突然、見張りの叫び声が上がった。
人々は眠りを断ち切られ、いっせいに飛び起きた。
武器を手に、緊張を高めた人々の目に映ったのは、地の果てから彼らに押し寄せる魔物の群れだった。
魔物は、漆黒の馬に乗る、ローブをまとった男に率いられていた。
幌馬車隊を包囲した魔物たち。
ローブの男が、手にした杖を振り下ろした。
それが、虐殺開始の合図だった。
必死の戦いが繰り広げられた。
人びとは勇敢に抗った。
剣がひらめき、魔法が炸裂する。
あるいは切り倒され、あるいは燃え上がって倒れる襲撃者。
しかし、衆寡敵せず。
キャラバンは、さほどの時をおかずに魔物の群れに蹂躙されてしまったのだ。
夜が明けたとき、そこに生き残りは誰もいない。人びとの無残な死骸だけが転がっていた。
全員が犠牲となった——いや、ただ、一人をのぞいて。
その一人とは、小さな赤ん坊であった。
その子の両親は、もはや全滅が免れえない状況で、いちかばちか、馬の背に赤ん坊をくくりつけ、自分らが囮となっている間に、赤ん坊を逃したのだ。
それは、この包囲下では、百万に一つの可能性かもしれなかった。
しかし両親はその可能性に賭けた。
眠りの魔法をかけられたその赤ん坊は、毛布にくるまれ、疾走する馬の背で静かに眠っている。
荒野に響きわたる魔獣の咆吼、人びとの怒号や、悲鳴(その中には、赤ん坊の両親の、断末魔の叫びも、おそらく含まれている)も、魔法で眠る赤ん坊の目を覚ますことはなかった。
馬は、奇跡のように包囲をすりぬけた。
赤ん坊を乗せて、生命の危険を逃れるべく、本能のまま疾走する。
どこまでも。
わたしは、視線だけの存在になって、その赤ん坊を見ていた。
その赤ん坊と自分の間に、不思議な紐帯をおぼえる。
目を閉じてすやすやと眠る、小さな赤ん坊。
女の子だ。
わたしが、強く強く、この子に引きつけられるのはなぜ?
この子は、この一人きりになった赤ん坊は——
そのとき、どこからか、声がひびいた。
「わかるだろう。それはおまえだ」
その声はつづけた。
「これは、かつて、お前の身に起こったことだ……」
わたしは気がついた。
この声の主は時の魔獣。
魔獣は、その声に親愛の感情をのせて、ささやく。
「我には、このすべてを無かったことにする力がある」
魔獣の声が、わたしの右の耳元で。
「娘よ、『時の鐘』を捨てよ。我を、『天秤の間』に導け」
声は、すうっと移動し、左の耳元で。
「そうすれば、改変が起こり、この地では悲劇は起こらぬ……」
魔獣が、媚びるようにささやいてくる。
「さあ、『時の鐘』を捨てるのだ、ライラ……」
「なにをためらう」
「これは、ただの選択にすぎない」
「お前とともにいた者たちも、みな、自分のためにそれぞれの選択をするだろう。みなが、そうするのだぞ。お前だけが、なにをためらうことがある、ライラ……」
でも……。
ああ、頭がうまく働かない。
見せつけられた自分の過去。
あれが、本来のわたしの一族?
これがもし、一切なかったことになるのならば、わたしは孤児にはならないの?
家族とともに暮らす、またべつの人生が?
命を賭けて、わたしを逃がした、お父さんとお母さんが還ってくるの?
「さあ、一歩踏み出すのだ、ライラ……お前が『時の鐘』を捨てねば、我は改変の力をふるえぬ……ライラ……今が、お前の選択の時だ……」
わたしの胸で光を放つ、時の鐘。
この鐘の力が、歴史を変える。
わたしは、その鐘に、そっとふれた。
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