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プロローグ

救いの手

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 目を開けるとそこには知らない天井が映っていた。

「ご気分はいかがですか?」

 そして隣では、正装の白髪老人が花瓶の手入れをしていた。

「旦那様を呼んで参りますので、少々お待ち下さい」

 老人は微笑みながら一礼し、部屋から出ていった。

 一体ここはどこなんだろう。
 家...なのかな?
 すごくキラキラしてて、まるでお城みたい。
 それより、どうして僕はこんな所に...。
 確か...。

 ガチャッと扉を開けて入ってきたのは、黒髪に藍色の瞳に眼鏡をかけている冴えない青年。

 この人もキラキラしてる。

「気がついたんだね!」
「は、はいっ。あの、ここはお城なのですか?」
「あはは、お城か!」
「旦那様」
「ああ、すまない。つい、おかしくてっ。ここは城ではなく、屋敷だ。ただの家だよ!」
「ただの...家?!」

 こんなに豪華で大きいのに、ただの家なんて....。
 この部屋だけでも僕の家がすっぽり入りそうなくらい広い。

「自己紹介がまだだったね。僕はオルト=ジ=アルバ。この屋敷の主をしている。こっちは執事のルドーだ」
「よろしくお願いします、オ、オルト様...」
「はははっ、そんな畏まらなくてもいいよっ!気軽にオルトさん、とでも呼んでくれ。さぁ、次は君の番だよ?」
「僕はカルマ...です」
「カルマか、良い名前だね。君には色々と聞きたいことがあるんだけど、まずはこれを付けてくれ」
「これは?」
「それは"コンタクト"と言って、目に着けるものだよ」
「め、目に?!」
「最初は少し痛いかもしれないけど、慣れれば違和感は無くなるから」

 目に物を入れるなんて初めてだ。
 少し怖いかも...。

「いきなり言われて戸惑う気持ちも分かるが、これは君のためなんだ」
「僕のため?」
「ああ、君の容姿はここでは異形だからね」

 黒髪に黒い瞳。
 僕の容姿はこの国では下民を意味する。

 昔、父さんから聞いた事がある。
 村の近くには王都があり、それはもう立派なものだと。
 しかし、僕達下民は出入りすることは許されていない。
 もし、都内で見つかってしまえば、その場で死罪も有り得るとか。

「頑張ってみます...」
「コツは遠くを見ることだよ」

 遠くをか...。
 よしっ!
 って思ったけどすんなり入った。

「よしよしっ、よくやった!」

 そう言ってオルトさんは僕の頭を撫でてくれた。
 僕は心の奥が暖かくなるが分かり、照れくさくなった。

「それでは、本題に入ろうか。カルマ、君はどうして草原で倒れていたんだ?君はとてもボロボロになっていた。何があったんだ?」

 何がって....。

「あの日は僕の5歳の誕生日で、みんなでお祝いしてくれて...」
「それで?」
「その夜、夢の儀式を行って....気が付くと....」

 僕の脳裏にはあの日の悪夢が過ぎった。
 窓から見える火の海。
 雷鳴が轟き揺れる家。
 最後に見た父さんの顔。
 朝起きると壊滅していた村。
 そこに転がる無数の死体。
 父さんの腕と指輪。

「ああっ、ああぁ、あああああぁぁぁぁぁぁあああっっっっーーーー!!!!」

 叫ばずには居られなかった。

「どうした、カルマ?!」
「父さんっ!父さんがっ!!」
「落ち着いて、大丈夫。大丈夫だから」

 涙で歪む視界が暗くなり、抱きしめられているのが分かった。
 オルトさんは、何度も何度も大丈夫だよ、と背中を摩ってくれた。
 その暖かい手のおかげで、少しずつ涙の勢いが治まってくる。

「あ...あぁ.....ゆ..びわ...」

 枯れ果てた声で僕は言った。

「君が持っていたものだよね。2つを紐に通してある。首にかけているといい」
「あ...ありが...と....ます」
「うん。まだ一緒に居てあげたいんだけど、急ぎの用があるので、これで失礼するよ。ルドー、後は頼む」
「承知致しました」

 待って。
 まだ僕ちゃんとお礼を...。

 口に出していないのに、何かを察したかのようにオルトさんは振り返った。

「また、様子を見に来るよ」

 と、笑顔で部屋を後にした。
 その紳士的な態度にどこか懐かしさを感じた僕は、再び眠りについた。
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